後日譚309.事なかれ主義者は影響が心配
ルウさんとの間に生まれた女の子の静流は、ルウさんに似て赤い髪に赤い瞳の女の子だ。子どもたちの中だと育生の次かその次くらいには大きい。そんな静流はとにかく人見知りをしない子だ。あと寂しがり屋。大体誰かにくっついていないと不安になってしまうらしい。
屋敷では乳母の誰かにくっついているし、和室でも手近にいたドライアドを捕まえてくっついている事が多い彼女は、今は町に足を踏み入れても動じる様子はなく、大人しく僕にくっついていた。
ルウさんやラオさんと一緒によく実家を訪れているから知らない人にも慣れているんだろう。
ルウさんと一緒に露天商の食べ物が出来上がるのを待っていると、目が合った店主さんに「こんにちは!」と挨拶するくらい余裕があるようだった。
「シズルは誰かにくっついてさえいればすごく積極的なのよ」
「まあ、何となくそんな気はしてたけど……。誰か、って誰でもそうなの?」
「ええ、誰でも問題ないみたいよ」
「それは、ちょっと心配になるね」
「本当にそうなのよね……。村でも知らない人に抱っこされても警戒心が全くなくてハラハラするわ。まあ、そこら辺はおいおい伝えて行こうと思っているけどね」
ルウさんが苦笑を浮かべてそう言っている間にも道を行き交う町の子たちにも元気に挨拶をする静流。老若男女見境なしだった。どうやら「こんにちは!」が最近のブームらしい。
悪い人にくっついてどっかに行ってしまわないように、しっかりと捕まえておかないと……なんて事を考えていたら話しかけられた町の子たちが立ち止まり、それを見ていた子たちがわらわらと集まってきていて身動きが出来なくなってしまった。
「ねぇ、邪魔しちゃいけないんじゃない?」
比較的大きな子が遠慮がちに僕たちの方をちらちらと見ながら静流を見ようと見上げている小さな子たちに声をかけているが、アンジェラと同じくらいの年齢の女の子は真面目な顔で「でもはなしかけられたんだよ? むしするわけにはいかないじゃん」と言い返していた。
そのやり取りに意識が向いている間にも、今日はオフの日なのか奴隷の首輪をつけた子たちが恐る恐る近づいてきていた。
静流が元気に「こんにちは!」と挨拶をすると、「こんにちは」と返す町の子たち。こっちの世界では成人しているくらいの年頃の子たちが多かったが、その年代の女の子が集まれば途端に賑やかになる。自由気ままに静流を見ながら話し始めていた。
「元気でかわいいですね」
「えっと、ルウ様と一緒だからシズル様かな?」
「じゃないかなぁ」
んー、立ち入り制限はどうかと思ったけれど、確かにこれは必要かもしれない。
町の子たちは奴隷になる際に契約を結んでいる。そのためよっぽどの事がない限りは安全は確保できるとの事だったから彼女たちはいつも通りの日常を過ごしてもらっているんだけど、静流と話をしている様子を見た通りすがりの子たちがどんどん人が集まってくる。
僕の子どもたちが町の散策をするのが当たり前の日常になればこうはならないんだろうけど、今回は町の子たちにとって初めて静流と会って、話をする事が出来たわけだしこうなっても仕方がないよなぁ。
どうしたものか、とルウさんの方を見ると、彼女はふと上を見た所だった。
「シズト様がお困りだ。去れ!」
上空から降ってきたエルフの男性――ジュリウスが剣呑な眼差しで集まっていた町の子たちを睨みつけると、蜘蛛の子を散らすかのように離れていく。
「申し訳ございません」
「いや、ジュリウスが謝る事じゃないよ」
「いえ、教育を徹底したつもりになっていた事が今回の件で浮き彫りになりました。御子様たちに話しかけられた時の対処法も含めて、改めて教育し直します」
「まあ、それはやってもらえばいいんだけど……今回集まってきた子たちを罰したりしないようにね? 静流が誰彼構わず話しかけた所にも原因があるんだから」
「…………シズト様の御心のままに」
ジュリウスが深々と頭を下げたのち、再び離れて見守るためにどこかへ跳んで行ってしまった。
残された僕とルウさんは気を取り直して屋台の料理で腹ごしらえをするのだった。
軽く食事を済ませた後、僕たちは公園に訪れていた。歌羽と来た公園とは別の所だ。
置いてある遊具は場所が違うだけであまり変わりはない。ただ、前回とは違って大勢の人で賑わっていた。
「前回はお休みの子が外に追い出されてたから空いてたのかな?」
「そうじゃないと思うわ。だって冒険者ギルドに行く時とかで公園を何度か通っていたけれど今みたいに遊んでいる子はいなかったわ。シズトくんの影響はやっぱりすごいわね」
「迂闊な事は出来ないね。……空いてるのは、鉄棒くらいか」
前回鉄棒で遊んでいないからだろうか?
いや、でもまだ静流には早いだろうしなぁ。
「どうするの?」
「ちょっと予定とは違うけど、順番に遊ばせてもらおう」
静流はどれが気に入るかな、なんて事を思いながらブランコからジャンプをして飛距離を競っている子たちの所へと向かう。
……分かっていた事だけど、順番を譲られてブランコで遊ぶ事が出来た。譲られたとはいえ、この扱いが常態化したら子どもたちの教育に悪影響が出ないか心配になる。
どうしたものかな、なんて事を考えながら静流を抱えながらのんびりとブランコを漕いでいる横でルウさんはぐるんぐるん回転していた。