後日譚308.事なかれ主義者は再び町へと向かう
ホムラとジュリウスに相談したら僕の関係者以外の立ち入り制限だけで落ち着いたようだ。
散歩中に休暇中の町の子たちが殺到する事を危惧し、仕事中以外の町の子たちも外縁区に追い出されたそうだけど、僕たち家族の見守り方について教育を徹底する事で話がまとまった。
「それなら変な引け目を感じずに過ごせそうですね」
「私も連れて行きたいじゃん」
「ラオさんたちは?」
「あー……蘭加は別に故郷で他の人と関わらせてるからなぁ」
「でもファマリーだったらまた違った楽しみ方があるんじゃないかしら?」
「お店だって他と比べ物にならないくらいたくさんあるよ?」
「そうだなぁ。まあ、考えとくわ」
「アタシはシズトくんとお散歩したいわ!」
「じゃあルウさんと静流も時間を設けるとして、他の皆はどうする? って、聞こうと思ったらもうノエルはいないんだよなぁ」
朝食を口の中に詰め込んだハーフエルフの女性ノエルは雑談をしている間に自室へと戻ってしまった。どうやら新しいダンジョン産の魔道具が手に入って研究がしたいみたいで、ノルマをできる限り終わらせたいようだ。
「まあ、後で聞けばいいや。だからホムラはご飯食べて」
「かしこまりました、マスター」
ノエルを連れてこようとしたのだろう。立ち上がったホムラを制止して、それからユキの口元を手近にあった布で拭いつつ、モニカに視線を向けると彼女は首を横に振った。まあ、元貴族令嬢だしな。
次にモリモリと食事を進めているドーラさんを見たら「行く」と端的に答えて再び食事を再開した。
彼女は金色の髪と青い目から分かる通り、ドラゴニア王家の血がほんの少し混じっているけれど、先代公爵の妾腹だからか貴族的価値観に染まっていないから三歳のお披露目よりも前に外に連れ出しても問題ない、と判断したんだろう。たぶん。
「セシリアさんとディアーヌさんたちは当然連れて行かないよね?」
僕がそう問いかけると、ディアーヌさんは「そうね」と頷き、セシリアさんは「ご推察の通りです」と言った。二人とも侍女だけどいい所のご令嬢だから当然だろう。何より、二人の子どもたちはまだ一歳にもなってないし――いや、生後半年は過ぎてるし外に連れ出しても大丈夫ではあるのか……?
そんな事を思いつつも、とりあえず最後に確認をするためにジューンさんにどうするか尋ねると「のんびりとお散歩は楽しそうですねぇ」と乗り気だった。
…………エルフの赤子の成長スピードはどうなんだろう?
都市国家から派遣されてきたエルフの乳母にも確認を取ったけれど「外に出歩いていても問題ない」との事だったのでジューンさんと彼女との間に生まれた子どもである大樹も町の散歩の面子に加わった。
事前告知と研修で一週間ほど時間が必要だったけれど、たった一週間で問題ないと思えるほどの状況を作り出せるのはやっぱりすごいな。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいなのですわ~」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「私たちも行きたいねぇ」
「引っ付いて行くのはだめって言われたよ?」
「じゃあ歩いて行く?」
「どうしようねぇ」
「あなたたちには育生の見張りをしてほしいのですわ」
「ああ、そういえばそうだったのですわ!」
「お水たくさんあげちゃうもんねですわ~」
「残念ですわ!」
ドライアドたちの気を紛らわしてくれたレヴィさんに心の中で感謝しつつ、ニコニコしながら待っていてくれたルウさんに視線を向けると、彼女は片手で静流を抱いており、空いた手でこちらに手を差し出してきた。厳正なるくじ引きの結果、町デビューの二番手は静流になったのだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
「レッモーン!」
僕が答える前にレモンちゃんが大声で返事をしたので苦笑しながらルウさんの手を握ると、彼女もまた苦笑いを浮かべていた。
「今日はいつもと違う服装なんだね」
「変かしら?」
「いや、似合ってるよ」
ワンピースが好きなのかな? 完全にオフの時でお出かけをする時に来ている事が多い白色のワンピースを着ていた。袖はなく、生地も薄い様なのでスカートが長くても暑くなさそうだ。
胸元は大きく膨らんでいるけれど、腰回りで紐のような物がリボン結びされているからキュッと引き締まっており、そこから足にかけてふんわりと広がっている。つばの広い大きな帽子を被っていて、赤くて長い髪の毛は邪魔にならないように後ろで結われていた。
「パパ、抱っこ!」
「あら、ママじゃ嫌なのかしら?」
「特に理由はないと思うよ」
用意しておいてよかった抱っこ紐!
ルウさんのように片手で軽々と持つ事はできるけどバランス悪いからね。
「じゃあママはパパを抱っこしようかしら?」
「流石に抱っこ紐があっても危ないから遠慮してもらってもいいかな?」
本当にやりそうで怖い。っていうか、静流を抱っこしたままどうやって僕を持ち上げるつもりだったのか? レモンちゃんもいるし……上手く想像できないけど、僕たちが出てくるのを今か今かと待っている町の子たちの注目は間違いなく集めてしまうだろう。
「レモンちゃん、背中にくっついてもらっていい?」
「れも? れも~……れも!」
「ありがとね」
定位置からずれてくれたので抱っこがしやすくなった。ルウさんから静流を受け取って抱っこ紐で固定する。
ついでにレモンちゃんも固定してしまった方が楽かもしれない、なんて子を思ったけれどレモンちゃんは自分の髪の毛で勝手に固定するだろうから余計なお世話だろう。
「それじゃ、行きますか」
「レッモーン!」
「なんて言ってるのかしら?」
「しゅっぱーつ、とかそんな感じじゃない?」
そんな他愛もない話をしながらルウさんと手を繋いで町へと向かうのだった。