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後日譚304.賢者は通勤方法で悩む

 シズトの子どもが内壁の内側の区画を散歩する、という情報はつい先日行われたクイズ大会で連覇を果たした黒川明の耳にも入っていた。彼は最近、ファマリアにある奴隷向けの研修所で非常勤講師として働いているのだが、残念ながら外縁区に新しく建設された研修所で働いていたためシズトの子どもの様子を見る事はなかった。

 だが、明はそわそわしながら魔法に関する授業を受けている奴隷たちと比べると落ち着いていた。

 それは、彼がシズトの子どもたちを近くで見た事があるからだった。

 ドランを往復する時に転移陣を使う許可をシズトから貰っていたので、畑の周辺を散歩している赤ん坊を見る事もあれば、話しかけられる事もあった。

 上手くいけばシズトの子どもたちに魔法を教える先生になる可能性もあるため子どもたちと積極的に関わる事も検討した彼だったが、シズトやその妻たちにどこで不興を買うか分からない。その事も踏まえて軽く挨拶する程度で止めていたが、それでもこの場にいる誰よりも接点はあるからこそ落ち着いている。


(まあ、接点がなかったとしても仕事を放棄する程の事ではありませんが……)


 三歳になれば正式にお披露目する、という話も出回っているので今すぐにその目で子どもたちを見たい、という欲求は明の中にはないようだ。

 彼は「気持ちは分かりますが、研修に集中してください」とファマリア中に響いた放送によって騒がしくなった者たちに落ち着いた声で話しかけた。


「やるべき事をしっかりとやるように、と先程の放送でもあったでしょう。あなたたちが今すべき事はこの場にいないシズト様のお子さんについて話し合う事ではないでしょう? さあ、魔力コントロールの練習に戻りますよ。コントロールの練習をしなくとも魔法は使えますが、自分の中の魔力を過不足なく使うためには何よりも大事な基礎中の基礎です。集中して取り組むように」


 明の声掛けによってやっと気持ちを切り替えたのか、奴隷たちは各々の机の上で座ったまま目を閉じて集中し始めた。

 明はそれを満足気に見た後、ふと視線を窓の外に向ける。そこには先程までたくさん覗いていた子どもたちがいなくなっていて、一輪だけ花が咲いているだけだった。




 明の仕事は夕方頃になると終わったが、その間ずっと魔法を教えていたわけではない。

 他の教室の手伝いや、準備などの雑務をこなしている時間の方が長かった。それは彼が非常勤だから、というよりは魔法を習いたがる者がそれほど多くないからだ。


(静人の子どもが魔法を習い始めればまた状況は変わるかもしれないけど、僕が教師役として選ばれていたらここで働く必要性はなくなるよな)


 あくまでシズトの子どもたちの教師候補として名前が挙がっているだけなのは重々承知している明だったが、それでも前世の事を水に流してもらえるのであれば可能性はゼロではない、と考えていた。


(教師役として選ばれなかったら、魔法を習うブームが来るからその間はまあ稼げるか)


 ただ、楽観視しないのが明だ。教師になれなかった事も頭の中で想定しているようだ。

 上手くいかなかった場合の流れも頭の中で想像し、シミュレーションをしているようだ。

 テキパキと帰る準備をする手を止めずしばし考えこんでいた明だったが「いずれにしても加護をもっと使いこなせるようになっていて損はないか」と独白すると、研修所に設けられた職員室を後にした。

 研修所を出る頃には既に内壁に設けられた城門は開け放たれている。

 道を行き交うのは、仕事終わりの奴隷たちを囲んで話を聞こうとしている一団だった。

 その多くが同じ境遇の奴隷だったが、その近くには商人やら身なりの良い者やらがつかず離れずの距離を保ちながら聞き耳を立てている様だった。


「ウタハちゃん見た?」

「残念ながら見てないわ」

「そっか。じゃあ誰が見たか知ってる?」

「私が教えてほしいくらいなんだけど?」


 どうやら明がちょうどすれ違った集団の真ん中で、質問攻めにあっていた子はシズトの子どもを見る事は出来なかったようだ。それならば用はない、といった雰囲気で次の質問相手を探すために散り散りになっていく。もちろんその中には質問を受けていた者もいた。


「しばらくはこの話題で持ちきりになりそう。まあ、当然と言えば当然か」


 なんて事を独り言ちた明は門をくぐって線路沿いにまっすぐに歩いて行く。

 そして環状に敷設された線路を渡ってさらに内側を目指す。向かう先は世界樹ファマリーの根元に設置されている転移陣だ。

 残念ながら今日はシズトの子どもと挨拶を交わす機会はなかったが、歩く速度を緩める事無くサクサクと歩く。

 そんな明を、たくさんのドライアドたちがジーッと監視している。


(こっちに住む事が出来たらこんな緊張しながら歩く必要はないんだけど……そうなったらシズトやその子どもたちとの関わるチャンスは激減するか。悩ましい所だな)


 常勤や、ファマリアで替えの利かない仕事をするようになれば個人で家を借りる事も許される。そうなればわざわざドランと往復する必要性はなくなるのだが、デメリットももちろんある。

 それらを勘案したうえでどうするべきか。


(帰ったらカレンに聞いてみようかな)


 結局、明は一人で決める事無く、結婚する事になった女性に相談する事にするのだった。

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