後日譚303.町の子たちは知らされた
世界樹の根元に広がるファマリアという名の町は、町とは名ばかりの大きな都市の様相を呈してきている。
世界樹ファマリーを囲うように畑が並んでおり、そのさらに外側に町が広がっている。
魔道具によって町を覆っている結界を越えてアンデッドが侵入してくる可能性に備えて作られた壁は今では内壁となり、町を外と内に分けていた。
内壁の門は常に開け放たれており、最近では魔動トロッコが通り抜けるために線路も敷かれている。
内壁の外側の外縁区をぐるりと囲むように作られた外壁は、内壁よりもさらに頑丈で、ドワーフたちが壁作りに参加した事もあり装飾も凝っていた。
町の中は魔道具の明かりが各所に配置された事によって昼夜問わず賑やかであるが、町の中で暮らしている多くが奴隷の証である首輪を嵌めている。彼らは全員、この町の主である異世界転移者シズトの奴隷だ。シズトや、その子どもたちの誕生日になる度に模範的で優秀な者は奴隷から解放されているが、有り余る金を使うために奴隷も買っているのでまだまだ奴隷の方が多かった。
最初の頃とは異なり犯罪奴隷でない限りは老若男女問わず奴隷を買っているが、それでもまだ男女比で言うと女性の方が多い。その女性たちの中には本気でシズトやその子どもと結婚する事を狙っている者もいた。
奴隷とは思えないほどの破格の待遇を受けていても尚、それ以上を求めるのが人なのだろう。
そんな彼らは日々、真面目に仕事をこなしていた。まずは主やその家族の近くに行くためには模範的でなければ話にならないからだ。
毎日任された仕事をこなしていた彼らだったが、緊急放送用に設置された魔道具『魔動拡声器』から音が流れ始めた瞬間、同時に動きを止めた。今まで使われた事がないそれは、魔物が町に侵入した時などにも使われると聞いていたからだ。
『え~っとぉ、使い方はこれであってますかぁ?』
『はい、大丈夫です。こちらのマイクがすでに音を拾っているはずです』
魔動拡声器から流れてきた声は女性の者だった。一人は間延びした話し方が特長的だったが、その人物と関わる事がある奴隷はほんの一握りなので彼らはその人物が誰かは分からなかった。だが、もう一人は違う。淡々と話しをしているがその鈴のような綺麗な声を聞く事は奴隷であれば度々ある。主はシズトだが、仲介をしたのはその声の主だからだ。
『そうなんですねぇ。……やっぱりホムラちゃんがお話した方が良いんじゃないかしらぁ』
『もしもの時のために使ってみたい、と仰ったのはジューン様だったと思いますが?』
『そうでしたぁ。……頑張りますぅ。えーっとぉ、聞こえてますかぁ? 目の前に人がいないと話辛いですねぇ。ホムラちゃん、目の前に立って貰えますかぁ? ホムラちゃんに話す感じにすれば違和感が軽減されないかなぁ、って思うのでぇ』
『分かりました』
『ありがとうございますぅ。それでは話しますねぇ。今回のお知らせはぁ、シズトちゃんとパメラちゃん、それからウタハちゃんが内壁の内側を散策する事に関してですぅ』
ジューンの言葉の意味を理解するのに少し時間がかかったが、町の中にいた奴隷たちだけではなく、商人たちも騒めきだした。この町で暮らしている物であれば、シズトの妻と子どもの名前は当然のように知っているからだ。
これまでシズトは子どもたちを町へ出して来なかった。散歩も遊びも全てファマリーの根元に広がる畑までだったので、町の者たちは遠目で子どもを見るだけだった。だが、今回町に出てくるという事は、間近で子どもを見る事もできる、という事だ。
『そのためぇ、安全を確保するためにぃ、皆さんにお願いがありますぅ。正午の鐘が鳴る頃にぃ、内壁の門を閉めますぅ。なのでぇ、外からお越しの方々はぁ、正午までに内壁の外側に出るようにお願いしますぅ。お店や露天商で仕事をされている商人さんには申し訳ありませんがぁ、もしかしたらシズトちゃんたちが訪れるかもしれないので待機でお願いしますぅ』
『補填に関しては別途通達しますのでよろしくお願いします』
『それから町の子たちはぁ、お仕事している子はいつも通り仕事に専念してくださぁい。お休みの子たちはぁ、申し訳ないけど内壁の外側で過ごしてくださいねぇ』
『万が一、正午を過ぎても要請に応じていない者がいた場合は、それ相応の処罰も検討しますのでご注意ください。この町の物は全てあくまでマスターのものです。それを努々お忘れなきように』
『伝達事項は以上ですぅ。それではよろしくお願いしますぅ』
ジューンの締めの挨拶と共に魔動拡声器からの音がなくなった。
それから数秒後、ファマリアは一気に慌ただしく、賑やかになった。
「ちょっと仕事代わって!」
「駄目だよ、貴女今日休みでしょ」
「ウタハ様見てみたいの!」
「飛ぶ練習するかなぁ」
「流石に町中ではしないんじゃない?」
「分かった、代わらなくていいから一緒にさせて!」
「嫌よ! バレたら私たちまで処罰対象になるじゃん」
「どっかに隠れられないかなぁ」
「仮面のエルフたちから逃げ切れる自信があるならどこでもやっていけるんじゃない?」
「そうだよねぇ」
「シズト様達がどこのお店に行ったかあとで教えてね!」
「魔動カメラで中継してくれないかなぁ」
先程まで仕事をしていた町の子たちも含めて姦しく立ち話をしているが、商人たちもまた慌ただしく駆け回っていた。シズトに興味を持ってもらう事は難しいかもしれないが、好奇心旺盛なパメラと共に行動するのであれば、目新しい物を用意しておけば立ち寄ってもらえるかもしれない。
そんな事を考える露天商は一人や二人だけではない。店番をシズトから貸し出されている奴隷に任せて、新メニューの試作をする様子がそこかしこで見受けられた。
試作品が作られたら失敗作が当然出来上がる。売り物にもならないそれらは奴隷たちの中でも幼い子たちがお裾分けとして貰おうと様子を窺っていた。
その後、世界樹の番人であるエルフたちが近くを通りかかった際、立ち話をしていた子たちが蜘蛛の子を散らすように仕事に戻っていったのだが、特にサボりに対する処罰はなかったらしい。