後日譚299.事なかれ主義者はまだ売らせない
僕とモニカの間に生まれた子どもである千与の誕生日になった。
大樹海や魔の山、魔の森などで動きが色々あるようだけど、我が子の誕生日よりも優先するべき事はない。本当に緊急の用件じゃない限りはジュリウスにお願いして別日に回すようにお願いしてある。
「パパ、とって!」
ショートボブヘアにしている黒い髪が特長的な女の子が可愛らしい声でおねだりしてきた。僕の二人目の子どもである千代だ。
前髪は目を隠すほど長いが、僕を見上げる度に可愛らしい黒い真ん丸の目が見える。モニカは邪魔だろうからと切りたがるけど、これはこれでありなんじゃないかな、なんて思ってしまう。
小さくてキュートな手で指を差しているのは名前を忘れたけど大きな肉の塊だ。ローストされたその肉の塊を、近くに置いてあるナイフで薄く切り分ける必要がある。
「いいよ、何でも取ってあげる」
「パパ、ありがと!」
「どういたしまして」
千与はハキハキと喋って薄くスライスされた謎肉を頬張った。ほっぺを抑えて美味しそうにしている。
そんな様子の千与を見ると、やっぱり参加する人を大幅に制限してよかった、と実感した。
誕生日パーティーをしているのは、前回育生の誕生日パーティーをする時に整地した世界樹の根元だ。フェンリルのすぐ近くで、木漏れ日が良い感じに降り注ぐ絶好の日向ぼっこスペースでもある。
そこに机といすを並べているけれど、前回と比べると数はだいぶ少ない。千与はちょっと繊細な子で人見知りをよくするからだ。
今日の主役である千与が緊張せずに過ごしてもらえたら、という事で身内以外の参加はお断りしたけれど、思わぬ副次効果があった。それは、主役である子どもに専念して楽しいひと時を過ごす事ができる事だ。
ゲストがいたら彼らの相手をしなければならないけれど、今回は誰もいないので家族との交流に専念する事ができるのはとてもいい事だ。他の子たちもできればそうしようかな、と思うくらいには。
それに、千与を挟んで向こう側に座っているモニカも身内しかいないから随分とリラックスモードだった。元貴族令嬢だからこそ、王侯貴族がパーティーに参加した際には気を使う事が多いだろうし、少なくとも千与が大きくなっても本人の希望がない限りは小規模のパーティーで済ませてしまおう。
そんな事を考えていたら、遠くから声が聞こえてきた。千与がビクッと反応したけれど、聞きなれた声だったので気にせずにモニカと他愛もない話を始めた。
「レ~モレモ~ン」
遠く離れた所からレモンちゃんが声をかけていたけれど生憎何と言っているか分からない。
レヴィさんに視線を向けると「もーいいーかーい、だそうですわ」と通訳してくれた。
「まーだだよー」
レモンちゃんたちドライアドには全員パーティーには参加しないようにお願いしておいた。フェンリルはお酒とお肉を渡して置けば場所を移動してくれたけれど、ドライアド――特にレモンちゃんはまだ諦めていないようだ。
ドライアドたちだったらまあ慣れている方だから参加させてあげてもよかったけど、ドライアドでも話しかけられたりするとさっきみたいに固まるからなぁ、千与は。
レモンちゃんには悪いけれどもう少し植物のお世話でもして待っていてもらおう。
他愛もない話をしながらパーティーは進んでいき、プレゼントを渡す時間になった。千与へのプレゼントは特に迷う事はなかった。
「くまさん! おっきいね!」
「わんちゃんも大きいじゃん」
「コカトリスも大きいデスよ!」
「いや、何で魔物のぬいぐるみにしたのよ……」
「小さいからって他のプレゼントを批判するのはカッコ悪いデスよ」
獣人組はとても賑やかである。ぬいぐるみのプレゼントは被ってしまったけれど、千与が好きな物を考えたら当然これになるのは仕方のない事だ。それになにより、千与には『付与』の加護がある。
「うごいて! 『ふよ!』」
元気で可愛らしい声がしたかと思ったら一番大きなくまのぬいぐるみに『付与』の加護を使った千与。すると、くまのぬいぐるみが勝手に動き始めた。
「魔法陣について詳しくなくても魔道具化できるのはやっぱりすごいわね」
「まあ、僕も仕組みを理解して作っていたわけじゃないからできても不思議じゃないけどね。イメージできることが何より大事だから、ごっこ遊びの延長でこうなるのはまあ予想の範囲内だったけど……千与が望むまでは売り物にしないからね?」
「分かってるわよ! わたくしをなんだと思っているの!?」
「日頃の行いが悪いからそう思われてしまうんですよ」
ぷりぷり怒っているランチェッタさんに対して火に油を注ぐ発言をしたのは彼女の侍女であるディアーヌさんだ。食事を適度に取りながら千与の様子をしっかりと納めるために魔動カメラを構えている。
ガレオールの二人と獣人組がそれぞれじゃれ合い始めると途端に賑やかになり、その賑やかさが気になったのかレモンちゃんの声が再び聞こえてきた。「ま~だだよ~」と返したらすぐにまたしゃがんで草を抜き始めたけれど、拗ねてないかちょっと心配になってきた。
「まあ、明日ご機嫌取りのために好きな事させてあげればいいか」
そんな事を思いながら、ぎこちない動きのぬいぐるみたちと遊び始めた千与を見守るのだった。