後日譚298.第二王女たちは日帰り調査をした
都市国家イルミンスールに集められた各都市国家の精鋭であるエルフたちは、当初の予定では大樹海とイルミンスールの間に展開して防衛に徹する予定だったが、彼らのトップであるシズトの義理の妹が大樹海の調査に参加するにあたって役割が見直された。
防衛に影響が出ない範囲で配置された兵士たちの一部を、イルミンスールからの調査隊として派遣する事になったのだ。
ノッシノッシと歩くエンシェントツリードラゴンの上で周囲の警戒をしているジュリーニもその調査隊の一員だし、ラピスの近くで待機しているジュリエッタもそうだった。
「ジュリーニ、魔物たちの気配は?」
「森に入った時からずっと変わらないよ。じっと動かずにやり過ごそうとする魔物もいるけど、その多くが森の奥へと逃げて行ってる。こんだけ派手に森の中を進んでたらそりゃこっちの存在に気付くよね。魔力を抑える気配もないし」
ジュリーニが言う通り、エンシェントツリードラゴンは彼らを乗せて森の中を豪快に突き進んでいた。その理由は彼が通れるほどの十分なスペースが確保されていないからだ。
その頑丈な四肢で低木などは踏みつぶされ、そこそこ大きな木は口にくわえられたかと思うと根っこ事引きちぎられて脇に放り出されるか、前足でへし折られてから踏みつぶされていた。
「こんな事なら、進むルートを事前に調べておけばよかったよ」
「ルートは指示していないんですか?」
ジュリーニの嘆息混じりの呟きに顔を挙げたのは、今回の豪快な森林破壊のきっかけを作ったドラゴニア王国の王女であるラピスだ。エンシェントツリードラゴンの背中の上に同乗していたドライアドたちの様子をスケッチしたり話しかけたりしていた彼女だったが、二人の会話はしっかりと聞いていたらしい。
「指示してないよ。環境に大きな影響を与えないように、さっきお願いしてみたけど聞く耳持たないし」
「やはりシズトさんに来てもらうべきでしたかね……」
「いや、それは無理でしょ。シズト様が望めば別だけど、ジュリウスが許すわけがない」
「このドラゴンのおかげで想定されていた魔物たちの襲撃は一度もありませんけどね」
馬鹿な魔物も中にはいる。ゴブリンのような知能もランクも低い魔物たちだ。だが、それらはエンシェントツリードラゴンに手も足も出る訳もないので背中の上に乗っていた彼らを襲う魔物はいなかった。
やはり転移魔法を使って一度屋敷に戻り、シズトに状況を伝えて対処してもらった方が良いんじゃないか、とラピスが思って杖を取り出したところで頭の中に声が響いた。
『無駄な事はしない方が良いと思うのぅ。あの者が命じたところで結果は変わらんからのぅ』
急に頭の中に響いた声の正体は、念話と呼ばれる魔法の一種だった。それを使っているのは身体構造が異なるため言葉による意思疎通ができないエンシェントツリードラゴンだ。「どういう事でしょうか?」とラピスが問いかけると、エンシェントツリードラゴンは「儂が森の中を歩くというのはこういう事じゃからのう」と答えた。
『どこもかしこも勝手に育つ植物ばかり。たまにはこうして間引きしてやらんと儂らが通れる道ができないんじゃよ』
「…………なるほど。木々の間引きはあなただけがする事ですか? それともエンシェントツリードラゴンであれば皆同じ事をするのでしょうか」
『後者じゃな。この森はとても広いが、それでも儂らが通るには狭い所が多々あるからのぅ。森のはずれの方を間引きがてら散歩していると外の者たちがやってきて煩わしいんじゃがやらないと行かんから仕方あるまい』
エンシェントツリードラゴンがのんびりと念話をしながら歩いている背中の上で、ラピスは筆を走らせている。だが、それも次の念話で止まった。
『時々、ドライアドが育てとるものを間引いてしまって怒られるんじゃが、区別がしづらいから仕方ないのう』
「仕方なくないよぉ」
「気をつけてぇ」
のんびりと日向ぼっこをしていた時の場所のままじっとしていたドライアドたちが口を開いた。ラピスは書いていた紙から顔を挙げた。
「…………盲点でした。聞きこんだ内容ではイルミンスールのドライアドたちとは大きさが異なるから別種だろうと思ってましたが、貴女たちがこの大樹海を育てているんですか」
「んー、そうとも言えるしぃ」
「違うともいえるかなぁ」
「どういう事でしょうか?」
「えーっとねぇ……あ、ドラちゃん、その先に私たちが育ててるものがあるよぉ」
『む? じゃあ、進路を変えるかのぅ』
今まで真っすぐに突き進んでいたエンシェントツリードラゴンが進路を九十度右に変えた。そこそこ大きな木が倒された影響で、他の植物たちにも大なり小なり被害が出ているが、ドライアドが慌てる様子を見せない所から彼女たちが育てている植物はどこにもないのだろう。
ラピスはその様子をしっかりと確認した後、話の続きをドライアドがするのを待ったが、話していた事を忘れていたのだろう。ラピスが再び話の続きを促すまでドライアドは口を開かなかった。
「私たちよりも小さい子たちが森の中で自由に遊んでいるのぉ」
「たまぁに世界樹の根元に戻ってくるけど、そこら辺は大きい私たちが使ってるからねぇ」
「でも、森の植物全部を育ててるわけじゃないのぉ」
「勝手ににょきにょき育つものばかりだもんねぇ」
「ほっといても増えてくもんねぇ」
「つまり、放っておいたものがどんどん森を広げている、という事でしょうか?」
「そうだねぇ」
「…………なるほど」
知りたかったことが思いのほかすぐに手に入ってしまったラピスは拍子抜けした様子だったが、気持ちを切り替えて小さいドライアドたちと会う事に目標をシフトする事にしたのだった。
だがそれもドライアドたちに言えばすぐに済む事だった。
スケッチをし終えたラピスは、どうしたものか、と考えた。だが、この一団の中で調査で知りたい事がある者はいなかったので、野営をする事もなく世界樹の方へと引き返すのだった。