後日譚294.事なかれ主義者はさっさと帰りたい
タカノリさんに連れて来られた会議場では既に各国の代表者が集まっていた。ミスティア大陸には魚人国とイルミンスールも含めて十六ヵ国あるらしいけれど、そのすべての国が参加しているようだ。
魚人は初めて見たけれど、身体は人間に近いからか、陸でも普通に息をしている。海でも陸でも生活ができるから人間を下等生物だと蔑む輩もいる、と以前ランチェッタさんか誰かから聞いた気がする。
半円状の会場で、中心には一段高くなっている席があった。そこにどうやら僕は座る事になっているらしい。
十数人ほどの視線を浴びても緊張している様子を出さないように気を付けつつその椅子の近くへ歩いて行ったところでレモンちゃん以外のドライアドたちが僕の次の行動を察して離れて行った。
レモンちゃんは降りるつもりがない事は分かっているので諦めて椅子に腰を下ろすと、タカノリさんは僕の少し斜め前に建った。その反対側にはジュリウスがいて睨みを利かせている。
「有難い事にシズト様にお越しいただけたので、以前から話が上がっていた議題に移らせていただきます。今回シズト様にわざわざお越しいただいたのは『大樹海の調査』のご協力をして頂けるかどうかお聞きするためです」
「大樹海の調査?」
「はい。経緯を説明させていただくと、私が元々生活していた東国の内の一国、ウィズダム魔法王国と、西国の中でも医学と薬学が盛んな国であるフローレンス王国、それから学問の国スペクロアの三か国が大樹海の実地調査を希望したところから話は始まります。シズト様がご存じの通り、大樹海はミスティア大陸のおよそ三分の一ほどの広さを誇る未開の地です。時折溢れ出る魔物の被害を防ぐためにも、どのような生態系なのかを調査しておきたい、というのがウィズダム魔法王国とスペクロアの考えです」
「なるほど。フローレンス王国は薬の材料を求めて、といった所ですか?」
他の国々の代表者たちが見ているからタカノリさんが敬語で話をしてきたので僕もそれに合わせて見たけれどタカノリさんはその点に関しては特に何も言う様子はない。
「そうですね。フローレンス王国は度々大樹海に入っているので既存の薬草に関しては自前で調達できるようですが、新たな薬の材料になり得るものを見つけたい、との事でした」
なるほど。これだけ聞くと僕が呼ばれた理由がいまいちよく分からないけど、未開の地に入っていくと未知の病の危険性があるからエリクサーのストックを作っておいてとかそんな感じだろうか?
「ですが、大樹海の調査には相応のリスクも予想されます。大樹海は魔物たちの領域ですから、下手に刺激をすると大樹海と接している国々に魔物たちが大挙して現れる危険性がある、とスペクロアから話がありました」
「あ、そっちね」
「そっち……とは?」
きょとんとした表情で僕を見るタカノリさんに対して、藪蛇になりそうだったので「いえ、なんでもないです。話を続けてください」と返した。タカノリさんは「分かりました」というと話を戻した。
「大樹海の調査をする際には東国、西国共に総力を挙げて魔物に備える事で話がまとまりましたが、イルミンスールはどうするのか、と話が止まってしまいまして……。イルミンスールは今も昔も東側でも西側でもない状態なので……」
「なるほど?」
あくまでイルミンスールは僕がトップという事になっているから勝手に軍隊を国に入れる訳にもいかないから話が止まったのか、それとも別の理由があるのか……いずれにせよ、調査が目的なら反対する理由は見当たらない。
ただ、即断即決が必要な程差し迫ったっ事態でもないようだ。
「一度持ち帰ってもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。それでは一度持ち帰ってどうするべきか相談してきます」
それではこれで、と立ち上がったら当然のようにお澄ましをして僕から離れていたドライアドたちが引っ付いてきた。その様子を見慣れていないからか、各国の代表者たちからはじろじろと見られながらも僕はそそくさと出口へと向かう。
ただ、すぐには帰る事が出来ないようだ。
タカノリさんが「シズト様さえよろしければ、この後の会食に参加されませんか? 気軽に参加できるように立食形式にさせていただいております」と言ってきたからだ。
別室で食事の準備がすでに終わっているそうだ。会議が終わったらいつもそこで各国の外交官が食事をしながら主に交易などの話をしているらしい。
出来れば早く帰りたいんだけど、という思いが顔に出ていたのか、タカノリさんが小声で「軽く挨拶を交わすだけでいいから。一時間くらいで帰っていいから!」と言ってきた。じろじろと見てくる方々から圧力をかけられているのだろうか?
本当の目的はこっちだったのかな、なんて事を思いながら不承不承立食パーティーに参加するためにタカノリさんの後に続いて部屋の移動をするのだった。