後日譚291.侍大将は説明し続けた
クレストラ大陸にある世界樹フソーの根元に建てられた建物の中で、朝日が昇る前に目を覚ましたのは黒髪黒目の日本人っぽい見た目をした人物だった。背丈は二メートルほどあるが、四肢は鍛え上げられた筋肉で引き締まっており、縦に大きい印象を見る者に与えるその人物の名はムサシ。シズトによって作られた魔法生物の内の一人である。
目を覚ました部屋は畳敷きの広い部屋で、周囲にはドライアドたちが転がっている。
「まだ少し早い時間でござったか」
眠りを必要としないその体では睡眠の調整が上手くできないようだ。
彼は小さな声で独白した後は周りのドライアドが起きるまでジッと動かずに横になっていた。
それから日が昇る頃になるとドライアドたちが一斉に目を覚ました。フソーの根元で暮らしているドライアドたちはどれだけ年月を経っても小柄なのが特徴だが、部屋で寝ていたのはまだ幼いドライアドたちのようだ。落ち着きがなくわちゃわちゃと話し始めたところでムサシは体を起こした。
元気でバラバラな挨拶に「おはよーでござる」と返したムサシは、寝間着姿から着替えるために部屋を後にした。当然のようにドライアドたちが彼の体に纏わりついているが、気にした様子もない。
「着替えるからちょっと離れていて欲しいでござる」
「わかったでござるー」
「離れるでござる」
「外に行くでござる?」
「そうするでござる!」
そこそこ付き合いが長くなってきたからか、それとも同じ事をして過ごす事が多いからか、いつからかフソーの根元では「ござる」と語尾につけるドライアドが増えてきていた。だが、そんな事を気にする者はフソーにはいなかったのでシズトは知らないままだ。
数分もかからず、着替え終わったムサシが部屋の外に出てくると、残っていた半数ほどのドライアドが彼の体に飛びついた。
「それじゃあ行くでござるか」
「出発でござる~」
「今日はどこに行くでござる?」
「会議場でござるよ」
「興味ないでござる~」
「畑に行くでござる~」
「残るでござる!」
さらに人数を減らしたドライアドの中でも残った数人は背中、お腹、肩にそれぞれ引っ付いてムサシに運ばれていく。幼女をくっつけた大男はとても目立つはずだったが、街行くエルフたちは気にした様子もなかった。
三人のドライアドを引っ付けたままムサシは国際会議場を訪れていた。
会議室には既に全員揃っていて、ムサシが入ってきて椅子に座ったところで話し合いが始まった。ムサシの背中にくっついていた子は行き場を失ってどこかへ探索しに行ってしまったが追う者はいない。
「今回の議題についてですが、かねてより話に上がっていた『魔の山』についてです」
会議の進行をしているのはラグナクアの女公爵レスティナ・マグナ。腰まである赤毛を後ろで一つに結んでいる女性だ。女王から国の半分のまとめ役を任されている女傑は、国際会議も国の代表として出席するように女王から頼まれ、こうして出席している。
彼女が会議を進行している理由は、交代で回されている進行役が彼女に回って来ただけだ。
「今日はいつまでお話するでござるか?」
「分からんでござる」
会議の邪魔をしないようにと言い含められているドライアドが、ムサシの頭の上から問いかけると、ムサシもまた、小さな声で答えた。国際会議という名の通り、クレストラ大陸にある国のすべての代表者がこの会議に参加している。代表者のサポートをするために同席している補佐役の事も含めるとこの部屋には三十人ほどの大人がいた。
国が違えば文化も価値観も違う。お互い、最大限の利益を得るために話が長引く事が殆どだ。今回の議題は『魔の山』に関する事だけだった。それだけ、話し合いに時間を有する内容だからだろう。
「そんなにお話することあるの?」
「あるでござるよ。生半可な覚悟で魔物の領域に手を出したら被害に遭うのは『魔の山』に隣接している国々でござるからな」
ムサシとドライアドが小声でやり取りしている間にもレスティナは話しを続けている。前回と出席者が異なる国もあったため、今までの話し合いの流れをかいつまんで話をしている所だった。
「じゃあ手を出さなければいいでござるよ」
「そうでござるな。ただ、そうなると持て余した力をどこに使うかが問題になってしまうでござるよ」
シズトによって転移門を使うのであれば戦争行為が禁じられてしまっている。そうなると、今まで戦争に必要な物資を生産し、販売していた事により儲かっていた国が困ってしまう。新たな敵を探そうにも国同士の諍いが禁じられているのでダンジョンくらいしか有効活用方法がなかった。
共通の敵がいればまた話は変わるのだが……といった流れで目をつけられたのが魔物たちの領域である『魔の山』だった。その山々が連なった広大な一帯は小さな国であればいくつも丸々入ってしまうほどの広さを誇っていた。
魔物を駆除しながら進めばある程度土地が確保できるのではないか、というのがラグナクアを筆頭とした賛成派の言い分だった。
だが、『魔の山』と隣接している国々の中では賛成派は少数派である。
レスティナがある程度話をまとめて今までの経緯を説明し終えたところで、やはり反対派の国々が声をあげた。
「ラグナクアは確かに、魔物が侵攻してきても問題ないほどの武力を持っているのだろう。だが、ラグナクアほどの軍事力を我々ファルニルは持っていない。下手に刺激した結果『魔の山』から大量の魔物が降りてきたらどう対応するつもりなのかお聞かせ願いたい」
レスティナに問いかけたのは、優し気な印象を与える顔立ちをしている青年の名はエメリート。エクツァーの第一王子であり、次期国王だと噂されている人物だ。彼の懸念はもっともな事である。賛同する声がそこかしこから上がっていた。
それに対してレスティナは事前に想定していたのだろう。淡々と対策案を述べていく。
その様子を我関せずと言った感じで座っていたムサシは、その後の会議もドライアドたちに問われるがまま今の状況を彼女たちにわかりやすく説明し続けるのだった。