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竹上幸三郎

 1984年9月、東京都内の料亭で食事会が開かれ、石山はそれに同席した。これは竹上電器産業相談役の竹上幸三郎が砂岡の退院祝いとして開いたものである。

 この日の出席者は砂岡・竹上・石山以外に砂岡の秘書迫水陽平、京橋の再開発事業に携わっている竹上興産社長関口幹雄、そして分割民営化で横車を押した東郷であった。


 秘書の迫水陽平は恰幅が良い砂岡とは対照的に細身で垂れ目でありながら眼光が鋭い男である。石山以上に政界での裏工作を行い続けた男である。

 意外なことに石山も迫水と接することが少なく、その活動はよく知らなかった。石山が前線指揮官であれば、迫水は寝業師そのものであった。


 竹上幸三郎は竹上電器産業を始めとする巨大企業グループ竹上グループを一代で築いた男である。その経営手腕から「経営の神様」と謳われたほどであった。1894(明治27)年和歌山県で出生し、24歳にして独立開業「竹上電気器具工作所」を創業する。

 その後、事業拡大で大阪城から見て鬼門に当たるとして、忌み嫌われ地価が安かった門真に目を付け、そこに大規模工場を建設した。これを機に会社名を竹上電器産業に改め、その後の飛躍の基礎を成した。

 敗戦後公職追放で社長を解任させられていたが、労組との関係も良好であったことが幸いし、労組からGHQに竹上復帰の嘆願が出て、それを機に1947(昭和22)年に社長に復帰した。その後は高度経済成長の波に乗り、事業を拡大し一代にして巨大企業グループを築き上げた。

 1961(昭和36)年には竹上電器産業の会長職になり、1973(昭和48)年には会長職も退いて相談役となった。


 関口幹雄は竹上興産を任された男で、竹上の信任が厚かった。竹上幸三郎の孫娘の夫で弱冠30代にして竹上興産の社長を務めていた。

 竹上興産は竹上グループの不動産開発部門で、更に竹上グループの株を保有し竹上家の資産運用も担っていた。まさしく、竹上グループの奥の院である。

 そのため幸三郎は竹上電器産業の会長職は退いても、この竹上興産の会長職は退かず未だに会長職で就いていた。幸三郎にとって、それだけ重要な会社であることが伺えた。

            

 砂岡と竹上との付き合いは古く、砂岡が参議院議員となり新幹線の用地買収していた時に遡る。地権者に現金以外で当時三種の神器と言われた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫も供与した。このとき、この三種の神器を砂岡が大量発注した発注先の一つが竹上電器産業だった。

 この大量発注を契機に2人は顔見知りとなり、その後交友を深めるようになった。そういった関係でもあったので、竹上は砂岡の退院祝いとして食事会を開いた。

 尤も退院祝いとは別の話があり、それこそが本題であった。それ故に石山が大阪から呼ばれて東京都内の料亭いる。そもそも竹上の自宅は兵庫県西宮市にあり、竹上もこの食事会のために砂岡がいる東京にわざわざ上京した。


 石山はその日の夕方、羽田空港に着いた。羽田空港は新幹線と競合する路線しか、運行されていなかったがそれでも多くの人が利用しており、混雑していた。石山は混雑するターミナルビルを抜け、迫水が手配した黒塗りの高級車に乗った。そして食事会が行われる料亭に向かった。


 料亭には予定時刻前には着いたが、それより先に竹上・関口・東郷が待っていた。

 当時、竹上は89歳であったが、背が高くまだ足で歩くことができた。ただ耳は遠くなっていたためか補聴器は携えていた。石山は座敷の奥川の末席に座り、彼らと名刺交換を砂岡が来るまで世間話をしていた。

 そうこうしている内に予定時刻となり、時間通りに砂岡と迫水が一緒に入室してきた。そして東郷は土下座して

「勝手なことをして、申し訳ありません」

深々と頭を下げて、砂岡に詫びた。それに対して砂岡は一瞥して

「もう終わったことや。もうええ」

と座敷奥の上座の席に座った。

 席の配置は座敷奥に砂岡が座り、順に迫水・石山が座った。迫水は石山を砂岡の隣に座らせようとしたが石山が一度座って動くことに億劫だったので、そのままとなった。向かう席は上座から竹上・東郷・関口が並んだ。


「それにしても、やってくれましたな。会長」

と、砂岡が呆れ顔で竹上に話しかけた。

「まあ、あんたの不幸に付け込んだ形になって、申し訳ないと思っている。だから、こうして詫びも兼ねた退院祝いをすることにした」

竹上は笑みを浮かべながら返した。

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