表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか終わる物語  作者: むらさき毒きのこ
63/70

懺悔

天罰など無い。あるならば今ごろ私はここにいない。

 誤解を恐れずに、言い訳を排して書きますに、私は詐欺師でした。ある宗教団体(カルト)に所属し、その教えを広めるために、悲しい人や苦しんでいる人にたいし、友のような顔をして、近づいたのです。


 己が信じる思想信条を他者に「良かれと思って」広める行為は、その思想信条を共有する仲間(教団)内では「伝道」「良い事」として語られるでしょう。しかしいったんその集団の外側に出てみると、景色が違って見えるはずです。おそらく。


 ある集団の内部にいるという事は、そういう事なのです。それは、病識が無い人のようなのです。傍で見ている家族には、その人はあきらかに病んでいるのがわかる。しかし本人には自覚が無い。それを家族から指摘されると、虐待または迫害だと考える。それが、信者というものの実際なのです。


 はじめの言葉を、もういちど繰り返して、この文章を閉じようと思います。

 私は、悲しい人や苦しんでいる人、誰にも相手にされなくて孤独な人にたいし、友のような顔をして、じっさい友のように親身に接し、誘いを断りづらくするよう仕向け、結局は、深入りすれば破滅するカルトに勧誘したのです。毒の沼地の前で言葉巧みに誘う妖怪のように。


 現代の、顔が見えない友人が当たり前のような、この時代の人へ。元・妖怪より。

「言葉を信じるな。少なくとも私は、顔を見た事も無いような人に、大事なものを渡したりはしない」


 この文章に目を止めてくださった方。良き人生を。そして、良き眠りを。

やっぱり現代詩は苦手。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ