ちょっと、撮らないでくれますか!
【登場人物】
◇真円・・・女子高生。球状である。
◆ママ・・・真円の母親。死んだ夫が残した莫大な遺産を相続し、悠々自適の暮らし。普段は新種の猫の世話をしている。
◇おだんご・・・白・ピンク・新緑色の、お団子型の猫。
◆スガさん・・・おだんごの天敵。人面鳩。参謀タイプの目立たない容貌ながら、見た目からは想像もできないくらいに思い切った事をする。他の鳥たちからは「おじさん」と呼ばれている。
◇ゲンさん・・・立川市に住む老人。スガさんの元飼い主。趣味は盗聴と盗撮。メチャクチャエロい。
◆屍壊・・・真円の同級生。女子高生ゾンビ。借りたものを返さない。
◇お隣さん・・・真円の家の庭の一角に、勝手に小屋を建てて住み着いている夫婦。まどかの事を「お嬢様」と呼ぶ。
◆パパ・・・実験中の爆発事故により死んだ、科学者。新種の猫に全生涯を捧げた奇人。元貴族で資産家一族の、最後の生き残り。真円の事を「我が作品」と呼んでいた。
***
教室のいつもの席に座ると、なにやらざわついている。……いや待て。この、甘ったる酸っぱ臭い刺激的な香りは、もしや。
「小倉さん、もういいから。帰って」
「はい、お嬢様」
「はい、お嬢様」
毎朝なぜだか私の学校についてくる、お隣の小倉さん夫婦にチップを渡し、教室の真ん中の人だかりをクリクリかき分けた。……屍壊が床に散らばっている。朝から、しょうがないなあ……
「みんな見てないで『ジャー』に屍壊を詰めるよ」
呼びかけても、クラスメイト達は嬉しそうに私を見ている。小さい子みたいに。世界初であり、唯一ただひとつのマシンがそんなに珍しいんだろうか、いまだに。
丸型人間回転運動利用車いす「MARIMO」は、もう随分前の型なんだけど。最新のADL(activities of daily living)補助機器といえば、屍壊の、炊飯器型サポートボックス「ドクタージャー」は断然かわいい。超高速損壊部位治癒機能が唯一無二。一部ネコ型だし、とにかく見た目が、癒されるんだよね。それに比べて私のは何か、でかい宇宙ゴマ。私が「MARIMO」で歩くと、子供連れた主婦が私を見るなり恐怖の表情をあらわに、子供抱えて逃げる。
「……ンだよ、まったく」
頼りないクラスメイト達は放置で、頬の横にあるセンサーに、三回タッチ。
「ぷに、ぷに、ぷにーーー(長押し)」
「MARIMO」の追加機能「おそうじノズル(コウガイビル型)」が、スイスイ屍壊を片付ける。すると、さっきまで静かだった子たちが「ゴーストバスターズ!」とか言って大騒ぎし始めて……
「チッ」
もう嫌。まさかコレ見たくて、屍壊を放置してたの、あんた達。信じられない。気分悪いんですけど帰っていいですか。ほんっと、同年代って嫌い。ゾンビは見せもんじゃねえんだよ! 溶けたらサッサと「ジャー」に放り込む!
腹が立ってしょうがないんだけど、とりあえず屍壊を「ジャー」に流し込んで、「炊飯」スイッチを押してから蓋をした。十五分経てば、ヒトの形になるんじゃないの。しらんけど!
***
屍壊の回復待ちで授業が二十分遅れたなあ。まあ、いつもの事だよね……ん? あれ、何だろ。窓枠にいるの、スガさん(ヤマバト)じゃね? 何でこんなとこに……わ! 光った!
「ちょっと、撮らないでくれますか!」
私の叫び声で、ぼんやりしてた子たちがスガさんに気が付き、あっという間に、スガさんの周りに人だかりができた。
「この鳩、旧いカメラで撮影したよね、僕らの事」
「フラッシュっていうんですよ、あの光は」
「昭和の遺物博物館で見ましたよ、あれ。『撮さないでくれないか』っていう商品名なんです」
「私、始めて見たー。すごいね『撮さないでくれないか』って変な商品名」
「この鳩、おじさんみたいな顔してんねマジかわいい」
「キモかわだよね」
「キモくはない」
「いやキモい」
「キモいって言うな」
「やめなよ」
「いい子ぶってんじゃねえよタコ助」
「はあ? あだ名禁止条例違反で通報するよ?」
「やれるもんならやってみなベイビー」
「し〇! (蹴り)」
「おまえこそし〇! (肩掴んで蹴り)」
「なかよくしようよー(泣)」
「愛美ちゃんを泣かす奴は許さない! (硬派)」
「出たよ正義くん(笑)」
「正義なんてものではない! 恋だ!」
「おお!」
「おおおーー!!!」
「何で俺の心の声を代弁してんだよ?! (硬派マジ切れ泣き)」
「……(愛美、石化)」
どいつもこいつも、スガさん囲んで遊んでる場合じゃねえんだよ。うちら撮影されたんですけど、あの鳩に。勝手に撮られたんだよ?! 肖像権とか、もう、もう……みんな何でそんなに、もう……つらい。帰りたい。こんな時だというのに、担任がおいしそうにアイスを食べている。しかもスガさんは薄笑いを浮かべ、様々な位置や角度からクラスメイトたちを撮影し始めた。鳩のくせに……
「先生、疲れたので帰ります」
「真円さん、大丈夫ですか? 使用人の方に来てもらいますか?」
「いいです。それにあの人達、使用人とかじゃないですから。勝手にうちの庭に住んでる、お隣さんなんで」
「……(どういう状況だよそれ)そうですか。わかりました。おだいじに」
……
…………
しゅう。
ぱか。
ふう――――。
………………
びしゃっ! びしゃっ! びしゃっ!
「真円ちゃん、もう帰るの?」
あ、屍壊。裸だ。……スガさん、撮ってんじゃねえよ。
「屍壊、起きたの。うん、今日は疲れたから」
「一緒に帰ろう」
「いいけど、服着てからね」
「わかった。……おい、上田」
「……っはい! 何でしょうか、屍壊様」
「服をよこせ」
「……はっ!」
目覚めた屍壊は、上田君からビッグサイズの「包帯した熊」柄ジャケットを奪い取ると、紫色のゼリーを滴らせた裸の体に、羽織った。
「明日返すよ」
***
ああ、休み時間のベルが鳴る……
***
屍壊の約束は当てにならない。さっきまでクラスメイトにムカついてたけど、今度は気の毒に思えてきたのだった。
***