現代の迷信
迷信について、さきほどチラッとネットで検索したんですよ。なんでかというと、迷信の定義ってなんじゃらほいと思ったから。したら、なんか怪しげな臭いを発している記事があったんで、好奇心に負けて読んでしまいました。
内容をかいつまんで紹介すると「目に見えるものばかり信じる人は、目に見えないものを馬鹿にしている。しかし、頭のいい人ほど目に見えないものを大事にする」という、目に見えるものしか信じない人へのある種のディスりから始まり、「○○テロは陰謀だった」という話が始まったのだ……ああ、これが現代の迷信というものかと、納得した次第で。個人のブログって、なろうの過疎ジャンル一帯よりも魔界だなあと思いました。
気を取り直して、改めて迷信の定義から確認していきましょう。
【迷信】めいしん
社会的に実害を引起す俗信のこと。迷信とは正信に対する語であるが,信仰のなかで何が正信で,何が迷信であるかは容易に区別できない。(以下省略)
(出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 11/29閲覧)
辞書によって解説文が長々としていたり簡潔であったりするんですが、なんかよう分からんというのが正直な感想です。よって、私の独断と偏見により、迷信について説明してみようと思います。それではよろしくお願いします。
私が提示できる事といえば、個人的な具体例くらいなのですよ。そんで、今からお話するのは、子供の頃の事なのです。私は昭和55年(1980)生まれですから、だいたい1980年代後半の事ですね。場所は、福井県。四方を山と海に囲まれた、田舎です。
私が生まれたのは、福井県は福井市。わりと県庁所在地から近い場所に住んでいたので、県民の基準では「街の子」だったのです。しかしまあ、その頃の年寄りというか家にはだいたい、仏壇というものがあってですね。仏壇を見た事がある人なら分かると思うんですが、お供え物があるんですよ。死者とか、祀ってある仏さん(仏像)に対する、ご飯とかお花とか。
で、こっからが本題なんですが……これは、親とか近所のオバちゃんから聞いた話なんで、一般的な知識ではない事を改めて、注意書きしておきます。ちょっと、現代人には理解しがたい話が始まるんで、絶対そういうの無理って人はここで読むのやめてくださいね。
まず、お供え物の意味について、こんな風に聞いたのです。それは……
「死んだ者はみんな地獄にいるんやで(マジかよ)。地獄は、暗くて臭くて、なーんも(何も)食べるものが無いんや。そやさけ(だから)、ろうそくの火で地獄に明かりを灯すんや。おせんこ(線香)焚いて、臭いのをいい匂いにするやろ。お花はなあ、真っ黒な地獄の彩りやで。ほんで(そして)ご飯の湯気を、死んだ者は食べるんや(そんな……)。ほれが(それが)先祖供養やで。供養されてない先祖はみんな、苦しんでるんや、もつけねえ(かわいそうに)」
*()内にツッコミや注釈あり
福井弁でお送りいたしました、昭和の語り部の時間もとうとう残すところあと二行ほどとなりました。みなさま、お時間拝借いたしまして、まことにありがとうございます。
凍てつくような寒さが迫っていますが、どうぞ暖かくして、元気にお過ごしくださいませ。それでは、ごきげんよう。




