どうにもならない事
ある時ふと、ある人の事を思い出す。それは、二年前かなあ(三年前かもしれない)。ここ「小説家になろう」で知り合った、当時小学生だった女子の事だ。元気かなあ、と思う。なぜなら彼女があるとき、自殺未遂をしたと知ったから。それは、もうだいぶ前の事なんだけど。
物書き界隈にはたまにそういった、死を予感させる文章を投稿している人がいるものだ。そしてネット上ではそういった書き込みというのもは、よくある事として認知されている。中には嘘もあるんだろうけど、ちょっとした知り合いのそういう文章を見ると、正直なところ戸惑うのである。
何で、前述の彼女の事をたまに思い出すのかというと、少し関わっていた時期があったからなのだ。というのも、その自殺未遂が起きる少し前にあった、あるトラブルにたいし、少々関わったという経緯がある。
子供同士のトラブルに大人が介入するのは、パワーバランスの問題もあるし、慎重にならざるを得ない。しかし、ある一定のラインを超えたと判断し、止めに入った事があった。「あの子が自殺したら、後悔するよ」と。その後、懸念していた事が起きたと知って、暗澹たる気持ちになった。
というのが、ネット上でのやり取りだ。
実際、現実の彼女がどうなっているのかは分からない。確かめようが無いのだから。
思うにSNSの場というのは、文字列の情報でしかない。これは厳然たる事実なのである。この事を踏まえて考えるに、事実は全て、薮の中という事になる。私のテーマの一つに「言葉を信じるな」というものがあるのだけど、それは、人を信じるなという意味ではないのだ。それは、言葉だけで判断することへの限界を示唆しているのである。
一つだけ言える事があるとすれば、そうだなあ。
やっぱり、言葉を信じすぎるな、かな。そこは、このサイトに投稿を始める前から一貫している、私の所感なのだ。それでもその言葉の中に、一滴の真実があるんじゃないかと、思いたい気分もあるけれど……それは、感傷でしかないと分かってもいるのだ。




