文壇居酒屋「アカイ✖アオイ」の、懲りない面々
「なろう作家の未来について予測できることと、パラダイムシフト・グラデーションの色彩または花火」より【初回掲載日時】2018-10-30 09:50:50
その日は、いや、その日も資料整理をしていた。
「小説庁」地下0階。……あるはずの無い部屋、通称「作家の墓場」。そこが、私「きのこ」の仕事場なのだ。
「きのこちゃん、今日もた・い・へ・ん! へ・ん・た・い!」
そう言いながら私の股間を下から上へスルッとなぞるのは、「エッチなお姉さん作家・秋の桜子」さん。このエッチなお姉さんの趣味は「初物食い」。……言わずもがな。
「桜さん、この部屋監視カメラあるんですよ。何度言ったら分かってくれるんですか」
「んもう~、きのこちゃんの、き・の・こ! うふふふふ!」
「いや、ちょっと」
桜さんがさらに、猛攻を仕掛けてくる……桜の香水が、熱を帯びたうなじから濃厚なにおいを放つ……彼女のにおいと混じり合ったそれが私の奥深くをズンと刺激し、図らずも昂ぶる。いや、嘘はよそう……実は期待していたりするのだ。桜さんの、強く握ったら折れそうな指先がやわやわと私の敏感で狂暴な場所に触れ蠢くのを期待して私は……僕は……今日も職場に来てしまうのだ……希望の無いこの倉庫に……だめだ!
「外回り、行ってきます!」
僕は桜さんを振り切って、部屋を飛び出した。
***
16:15。
きのこは「文壇居酒屋アカイ×アオイ」のカウンターで、瓶入りのメロンソーダをストローで吸いながら、店主の「潔癖症の格闘家兼作家・赤井”CRUX”錠之介」氏に延々と泣き言を繰り出していた。
「だからね、ますたー。僕は、嘘つきだし無能で子供だしモテないし金も無いんですよ……くやしいです、モテたいです、どうしたら痴女以外にモテますか、どうしたら童て……ぐぉふうぅ」
メロンソーダごときで酔っぱらった「きのこ」は盛大なげっぷを放ち、カウンターに突っ伏し泣き始めた。それを見た店主は肩をすくめ
「きのこさん、格闘技、やりましょうよ(笑)」
苦笑しつつも、自身のライフワークである格闘技をきのこに勧めることを、忘れないのであった。
「んもう、この人ったら、格闘技の話ばっかり。あたしペドロの話とかバイオレンスセクシーな作品に惹かれてこの店で働き始めたのに。口を開けば『格闘技、始めませんか』……参っちゃうっ♡」
そう言いながら5センチのヒールをカツカツ鳴らし、バイン&バインと移動するウェイトレス……赤井氏の妻「アオイ」。腰のくびれに対しデカい尻が悩ましい、32歳の、やや熟女。
そのアオイに、ウイスキーの水割り片手に、今にも食いつきたいと言わんばかりの熱視線を送るのは「伝説のビブリオバトル大会・DJナルミッシュこと、鳴海 酒」氏。もはや視姦と言って良いレベル。
伝説の男であり、純文学作品で一世を風靡した過去の栄光は、アオイの揺れに合わせてヘッドバンキングする姿に霞む。
***
店の隅のテーブル席で、揉めている男女3名。
「モフモフ愛好作家・今野春」「メガヒット作家・ふきのとう」「繊細なぬいぐるみ作家・かませ太郎・ゴスロリファッション女子」。
「ふきさん、ひどい! 私が春君に作ったモフモフ、また汚して!」泣き始める、かませちゃん。
隣に座る今野氏が、彼女の頭を撫でながら「泣かないで……」などと耳に唇を付けて囁くのを見ながら、「拷問か」と思う、ふきのとう氏。
***
中央のテーブルには、これまた3名の男女。
「ナイーブギタリスト・古城ろっく」「優しすぎる詩人・HoneyBee」「古城愛一直線イラスト職人・海村」。男一人(古城)に女が2人。不穏な空気が店内を侵食し始めて30分。
店主は、この3人を警戒しチラチラ見ながらも、懸命に串カツを揚げる。
「こしろん、あたし……どうしたらいいと思う? また、炎上しちゃった……」
上目遣いで古城氏を見つめる、ハニーちゃん(HoneyBee)。はちみつ色のセミロングの髪をツインテールに結い、レースが沢山付いたワンピースは、白を基調とした小花柄。
「……ハニさん。ろっくさんは、そんな事気にする人じゃないから。あっしは分かってる。だって、二人乗りのチャリで海岸線を走ったんだもん、先週の日曜に」
サラっと関係ない話を装いながら爆弾を投下する海村氏。
「なっ……! ええ?! 私は?!?! そんな事してもらったこと一度もないっ! ええ?! 何でよ……し・に・た・い……」
目と口を開いたままだらりと動かなくなる、ハニーちゃん。
「ふん! またそうやって、死んだふりですか?! ろっくさんが迷惑がってますよ?」
革ジャンの下のカットソー越しにも分かる貧乳を隠すように、腕を組む海村氏。ワンレン黒髪ショートボブヘアーの海村氏は、化粧っ気のない顔をしかめてビールを一気に飲み干す。彼女の前にはすでに、5つのビールジョッキが並んでいる。
「……やめろよ、お前ら」
ろっく氏がハチミツレモンハイボールを少し口に含んでから、二人の女たちに注意をした。しかし女たちの小競り合いは終わらない。
「海村さん、こしろんの彼女じゃないでしょ。なのに何でこしろんの横に座るの?」ハニーちゃんが泣きながら怒る。
「はあ? じゃああんたの横に行けばいいんでしょ! はいはい分かりましたよ!」海村氏が、席を移動する。
その拍子に、ビールのジョッキが倒れ、ろっく氏の腕にビールがぶちまけられた。
古城氏の腕のタトゥー「チャリ」。その「チャリ」のタトゥーがビールで汚れたのを見て、固まる3人。……常連客達の視線が一か所に集まる。
「……なんだ、これは? 僕、何でこんなの彫ったの?」
古城氏が呟き、悪寒を感じたかのように、自分自身を抱きしめた。
***
きのこは、絶望した。
……ろっくさん。一番好きなものを忘れたんだ。転生した時に。そして、ハニーちゃんと海村さんが、その無くなった記憶を補完するために、ああして、いるんだね……
きのこが一人そんな事を思ったとき。
「……ところで、皆に話があるんですよ(笑)」
突然、店主が改まり始めたので、緊張の糸がほぐれた。アオイが、恥ずかしそうに俯く。
「私は来年、父親になります!」店主の赤井は赤面を誤魔化すために、焼酎を一杯、いっきに飲み干した。
「「「「「「「うええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーー???!」」」」」」」
……ああ、だから赤井さん、バカボンパパのコスプレしてたんだ。いつ突っ込んだらいいか分かんないんだよね、いつも真顔だし……きのこは、何だか嬉しくて、ビールに手を伸ばし、やめた。14歳だから。
湧きたつ店内で一人、悲し気に微笑む男がいた。鳴海 酒氏である。
「その時、僕の恋は終わったんだ」
有名な一節を残して、DJはそっと店を出た。彼の居たテーブルには、1万円札が一枚、残されていた。




