今野社長の結婚祝い
株式会社レボリューションの今野樹は敏腕社長である。
白い眼鏡で50代の痩身。クネクネっとした動きのオネエ言葉。だが、見た目に騙されると痛い目に会う。
一代で会社を一部上場に食い込ませる凄腕であった。
今野が最近贔屓にしている取引先の女がいる。
大日本帝国産業の入社4年目。中原紗莉菜だ。
178センチの長身。腰まで届く茶髪。顔は可愛いのに実体は『ゴリラ』という左右を見ない女だ。
その中原に彼氏がいると聞いて(しかも誰にも言わず2年付き合ってたらしい)さっそく今野は中原と彼氏を飲み会の席に呼び出した。
彼氏の名前は花沢光彦。165センチの華奢な男であった。
この花沢というのが!
かっわいい〜〜〜〜〜♡
コだった。
眉毛がぽわぽわっとして柔和な目鼻立ちに物腰の柔らかいコであった。それでいながら瞳にハッキリとした意志があった。
投てきの選手が常に目標を確認して鉄球や槍を投げるように、狙った獲物は外さないようなところが見えた。
今野は花沢と10分ほど話して思った。
『このコ、頭いいわ』
帰りにはお気に入りの中原を捕まえて言った。
「旦那にするならあのコにしなさい。あのコは買いよ」と。
◇
その中原が失態を犯した。
株式会社レボリューションの水回り一式工事。合計2000万の見積書を1300万と書いてきたのだ。利益ベースになればもっと低くなるだろう。1秒で気づいた。
「ふん!」
と一言いうと机にポーンと投げ出した。あとは獲物が罠に掛かるのをまつだけである。
案の定中原から電話がかかってきた。
「間違えちった♡」だって馬鹿じゃないの「早く来なさい」と催促をした。
1時間後に中原がやってきて、ドアから顔だけをのぞかせた。
「このたびはー。すみませーん。シャチョー」殊勝な調子だ。へにゃっと笑ってる。当然だろう。
銀座で買える限定スイーツを右手でフリフリしてる。
今野はデスクからHALOのソファーに座りかえると、無言のまま真っ白な扇を使ってチョイチョイと中原を招いた。
178センチの長身がちょこんとソファーに腰掛ける。
今野は足を組み扇を開いてパタパタと顔のあたりをあおいだ。
秘書がコーヒーを持ってくると強い調子で
「こんなんじゃなくて最上級のお茶にして!」と言いつける。
中原が上目遣いになる。
「えっとぉ。今野社長この度は……」
「大日本帝国産業さんは太っ腹ねぇー」
中原の首が縮む。
「うちの水回り1300万でやってくださるの? アリガトー。利益ベースだといくらになるわけ? まあ本来の値段の8分の1ってとこでしょうね〜」
中原が『アッチャー』という顔になった。この女は正直過ぎるのである。営業がそんなことでどうする。
パタ、パタ、パタとゆーーっくり扇を動かした。
「せっかく割引していただいてるのに何もできないわ。ま、せめてお茶でも飲んで! サイコーのいれさせてるから」
中原が小さーく体を縮こませる。嗜虐趣味をそそる。
パチン!
今野は扇をたたんだ。中原を目で射矢る。
「中原。これ貸しだからね」
「……ハイ」
「会社に貸したんじゃない。アンタに貸したのよ。ちゃんと返してもらうわよ。わかるわね?」
「あ、もうなんでも。靴でもなめます」と中原が頭を下げた。
「冗談じゃないよ。フェラガモなんだと思ってんの?」と扇でビュンと中原と自分の間の空気を切ると、一緒に銀座の限定スイーツを食べた。
◇
金曜日の夕方に中原を六本木のクラブに呼び出した。
アメリカの会社が来日していたのだ。今野にとっては大事なプレゼンテーションの場だった。
真っ暗な空間にミラーボールが七色に煌き、重厚なソファーとガラスのテーブル。テーブルの上にはシャンパンが冷えていた。
耳をつんざくような音楽が鳴っている(今野たちの部屋はVIPルームなので音が抑えられていた)
中原は黒のレザーのミニスカートに金の腕輪。金の大きな輪っかのピアスをしていた。真っ赤な口紅。
いつもはポニーテールに結い上げている茶髪を下ろしていた。この女わかっている。
アメリカ人の担当者は自分の隣にモデル張りの女が座って驚いたようだった。中原が担当者にイキイキと話しかける。中原は英語が話せる。茶髪がサラサラと揺れて真っ赤な唇が魅惑的だ。
本当に営業だけができる女だ。書類がなんであんな壊滅的なのか(後に花沢が完全サポートすることになる)わからない。
今野は手八丁口八丁で担当者を口説き落とした。あとちょっとのところで中原を呼びつけた。
中原が逆立ちしてビールを注ぐと目を丸くして「ジャパニーズゲイシャアメージング!!」と言った。今野が担当者の耳元でささやく。
「我が社と仕事をすれば、もっとアメージングな体験ができますよ?」
担当者が笑ってくれた。
◇
会は夜中2時にお開きになった。担当者をホテルの玄関まで送ると「中原! 帰るよ!」とベンツの後部座席に乗せた。今野の左隣だ。
「たっちゃん!? 上手く行った!?」身を乗り出した中原の弾んだ声に「ふん! 当然でしょ!」とうそぶく。
「やったじゃん!! いくらの売り上げになったの!?」
「ふん!」扇で顔のあたりをあおぐ「そんなでもないわよ」ニヤッと笑う。
「ほんの。50億程度よ」
◇
中原が結婚するんだそうだ!
相手はあの『超カワイイ♡』花沢光彦だ。招待客200名だって。このご時世に。
結婚披露宴に当然招かれた今野は唸った。座席表が完璧だったのだ。
どの座席に誰を座らせれば今後のビジネスに有益か考え抜いて作ってある。
今野にとってもすばらしい会になった。幾人もの『未来の取引先』と名刺交換した。この出会いがどれだけ会社のためになるかと思うと胸が躍る。
わざわざ大日本帝国産業の社長自らが乾杯の音頭を取った。2人はまだ入社4年目なわけで社長の出席自体が異例だ。エビス顔をさらに笑顔寄りに崩していた。
これは結婚披露宴ではない。社内プロジェクトだ。一大プロジェクトだ。
花嫁は美しかった。体にピッタリと張り付いた雪のようなマーメイドドレスに細かなレースのベールをしていた。
豊かな髪はてっぺんで結いあげられ、百合の花が飾られている。
花婿は主役であったが、完全な黒子だった。最初から最後まで会の進行に気を配っていた。
中原はアレだ。自由であった。
花嫁が乾杯で『ビールを一気する』というのはいかがなものであろうか。
まあいい。中原だから。
ファーストバイトで花嫁と花婿がそれぞれのフォークにケーキをのせると
「いっせーのーせーでっ!」
同時に食べさせあった。割れんばかりの拍手と歓声があがった。2人がにこやかにお辞儀をした。
今野もなんだか感極まってしまい。立ち上がって
「ブラボー!!」
と声を限りに叫んだのだった。
◇
帰り。ベンツの後部座席で夜の街を走りながら今野は思った。
あのコ欲しい。花沢光彦。うちの会社に是非欲しい。
中原とセットでだ。中原が来たら今野は毎日中原とお茶をする。
麻布十番や代官山から取り寄せたお菓子で中原とガールズトークがしたい。
今野は初めて花沢光彦と会ったときのことを思い出した。ミツヒコに問いかけたのである。
「アンタ。『会社四季報』見るのが趣味なんだって?」と。
花沢がはにかんだ「つまらない趣味ですみません」「いいのよー」
今野は真っ白な扇を広げ口元を隠して花沢の耳にささやいた。
「ちなみに。今、買収するならどこが狙い目かしら?」
花沢が2.3会社名をあげた。今野がニヤッとする。
「アンタさぁ。なんで1部上場程度の会社員なんかやってんの?」
「いっいえ。僕なんて」と花沢が右手を小さく振った。「社長からいろいろ勉強させていただければと……お会いできて嬉しいです」
今野は花沢の右手をギューっと握ったのである。
◇
結婚披露宴が終わって。紗莉菜とミツヒコはミツヒコの家に帰ってきた。
やれやれである。結婚式とは大変なものだ。1ヶ月後に家族だけのレストランウエディングがあるのでそこで少しは楽しみたい(ミツヒコがね。紗莉菜はノビノビ楽しんだ)
あまりに大変でまだ新居も決めてないし家電もそろえられてない。まずはお祝い金の計算をしないといけない。
翌日。山のようになったお祝い金からお札を出して、2人で計算していった。
大儲けである。どの社長も気前よくお祝いをはずんでくれていた。
ところが。
中原のマブダチの今野は1円も入れてくれなかった。ペラっとした紙切れが熨斗袋に1枚入ってただけだった。
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ここに電話しなさい
○×電機
担当新井
電話番号××××−××××
今野
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「なんだろう?」と2人で言い合って電話をかけてみた。担当の新井はすぐに出てくれた。
「中原様この度はおめでとうございます! 今野社長からお話をいただいております!! わたくしが担当になりますので、我が社の製品なんっでもご用命ください! 特に『食洗機、全自動洗濯機、全自動掃除機』は必ず入れるようにと承っております!」
支払いは全て今野が持つということだった。
○×電機は超一流メーカーである。紗莉菜やミツヒコの会社とも縁が深く、ここでそろえたとあれば覚えもめでたい。
2人は茫然と顔を見合わせた。脳裏に白い眼鏡の今野が扇で顔の辺りをあおぎながらニヤッと笑うのが見えた。
(終)
これでシリーズは終わりです。ありがとうございました。
【2020年10月4日初稿】
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