不運な人
悪役令嬢・・・。誰が言い出したのだろうか。実在の性悪令嬢を描いた芝居が大ヒットし連日立見のチケットまで売り切れだという。
その劇中に何を隠そう俺自身の役が登場する。その悪逆令嬢の義弟“サフィール・レ・パールメント”。
元の生まれは王都から遠く離れた三流弱小貧乏貴族であるマイス家の三男だ。当然家を継げるわけはない。スペアとしては次男がおり、全くの無駄飯喰らいとして、学校卒業後は自立を求められていた。
そんな訳で、俺は将来の為に、就職の為に、と成績だけは優秀であろうと努力して来た。その甲斐もあって成績は良かったが、後から考えてみるとそれが良かったのかどうか。
卒業前に、上級貴族の内でもかなりの権勢を誇るパールメント侯爵家の当主の目に留まり、養子に入る事になったのだ。
パールメント侯爵家には男女2人の子供がいるが、どちらも、他人を陥れたり、他人の物を奪ったりなどは得意だったが、自分がまっとうに努力したり働いたりするのは、考えた事すらないだろう。
公爵家から騎士爵家まで王国全ての貴族には、期限付きではあるが最低1人の子供を従軍させる義務が国法で定められている。それで侯爵家に従軍用の子供の需要が生じたのだ。
かつては『居れば良いだけ』の貴族用のポストに就いていれば済んだのだが、隣国との戦争が回避できなくなった昨今は、前線へ行く事が求められていた。
なので、養子だ。
とは言え、下手に武勲を立てられて家を乗っ取られても困る。なので、野心が少なさそうで、ちゃんと従軍してくれて、しかも礼節を学んでおり上級貴族家に恥をかかせない人間・・・として俺を探したのだと思う。
ほぼ強制での養子縁組ではあったが、俺もうちの家族も万々歳だ。うちの家族は、
「養子に行ったとしても、親子、兄弟だ。よろしくな」
と、生まれてこの方の記憶の内で最も俺に優しかった。
卒業式の後、パールメント侯爵と養子縁組が成立し、王都フルデルのパールメント邸に俺は入った。
広い!豪華!使用人が多い!
緊張しすぎて、食べた事もない程豪華な夕食は味もわからなかったし、これまでとは別物の寝心地の最高級ベッドは寝付けなかったが。
そうこうしてパールメント邸で初めての夜を送り、迎えたパールメント邸で初めての朝。突然近衛騎士達が屋敷に踏み込んで来て皇太子殿下からの書状を読み上げる。皇太子は義姉クラレスとの婚約を破棄する旨と、その理由としての数々の悪行の告発・・・。義姉のみならずパールメント姓を持つ者は一族全員拘束される事になった。
クラレスのわがままは有名だったが、気に入らない相手の家をでっちあげた罪で潰したり、気に入ったものは宝石でも何でもプレゼントをするように強制したり、他にも色々していたらしい。
侯爵夫婦と義兄も、横領やら強請やら罪のでっちあげやらを“皇太子妃”の名の下に好き放題していたそうだ。それで、パールメント侯爵と義兄は爵位剥奪の上で終身強制労働刑、夫人は同様に平民となって教会での終身奉仕。クラレスは一番やりたい放題だったが、未成年でもあるので、平民となって教会での矯正となった。
俺は養子に入った翌日であるし、何も悪事に関与していない事は明らかだったので、処分を受けずに済んだ。
が、なのだが、無罪放免とはしてもらえなかった。
全ての資産を没収されて弁済にあてたが足りず、それを、俺がパールメント伯爵として背負う事になったのだ。
「伯爵位なんていらない、平民でいいから借金は嫌だ」そう言ったが、
「このままでは、被害者達が収まらないし」
と申し訳なさそうに言われ、国から命令されてしまった。
あんまりだ。どうせ検挙するなら、なぜ前日にしてくれなかったのだろう。だったら俺は、まだマイスだったのに。
実家に相談するも、
「すでに他家に出た身。もう無関係だ」
と掌返し。
頼れるつてもなく、俺は泣く泣くパールメント伯爵家当主を名乗らされる羽目になったのだ。
こうして俺は、『演劇・悪の花クラレス』のパールメント一族の中で唯一の、気の毒な人となってしまったのだ。
しかし、登場場面が一瞬であまり覚えてもらえず、常には 只々「パールメント家の人」として罵声を浴び、恨まれ、嘲笑される事も少なくない。
俺自身は潔白とは言え、パールメントの名は恨みを買い過ぎた。
なので俺は、戦々恐々としながら基地に向かったのだった。
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