08 伯爵は新たな産業を提案します
「新産業でございますか?」
その日の事。
私たち伯爵家のお屋敷たるシュルーズベリー・エステイトの執務室。
そこに我が領地を預かる二人を呼び寄せると、私はそう切り出したのでした。
「えぇ、そうよ」
私は、そう言いながらお姉様が入れてくれた良い香りが立ち上るティーカップに口をつけます。
うーん、相変わらず、お姉様が入れてくださったお茶は絶品ですね。
「薬草栽培をウチの新たな産業にしたいと思うのだけど、貴方たちはどう思う?」
「薬草栽培……で、ございますか」
「えぇ、私は錬金術が得意なのは二人も知っているでしょう?まずは薬草を栽培して、ソレが軌道に乗るようだったらポーションでも作ってみようかなって」
「薬草栽培については検討してみる価値はあるとございます。が、ポーション作成の方は……」
「あら?何か懸念事項でも?」
「畏れながらポーションは伯爵様が手ずからお作りになられるのですか?」
「えぇ、そのつもりだけど?」
「……そのような事を伯爵様自ら行うものではないかと存じます」
と、アルジーはおっしゃるではないですか。
横を見ると、ウェズも同意見のようで頷いています・
「……貴方たちもお父様のように、伯爵家の者が錬金術なんてするべきじゃない、と思っているのですね」
「……正直に申しますとその通りでございます。農地を伯爵様は錬金術で富ませましたが、それはあくまで領民たち以外の外部の者には知れぬ事。しかしながらポーション販売となると、当然外部の商人を呼んでの取引になると思いますが……」
「まぁ、そうよね。ウチの領地じゃポーションなんて殆ど売れないもの。需要が盛んな王都に販売網がある商人じゃないと」
「そうなると、誰が作成したか、というのが出てくると思います。そして伯爵様が手ずから作られた、というのが知れたら……」
はぁ……。
またここで錬金術師の立場の低さが出てきちゃいますか、そうですか。
魔術師の立場の高さと比べれば、一目瞭然です。
確かに魔法と言うのは便利な物です。直接の効果を錬金術と比べるとかなり強力に見えるでしょう。
強力な炎や水を出したりするのを筆頭に、大抵の怪我や病気も魔法で治すことが出来てしまいます。
ちなみにその手の事を得意としているのが教会です。
教会では多数の回復魔法の使い手を囲っており、怪我や病気を治すときは多くの喜捨が求められるのです。
と言っても、回復魔法が使えない者も教会には多くいると聞きます。
お姉様もその一人ですね。
まぁその辺りは神に仕える聖職者とはいえ、教会は人間の作った組織ですからね。
純粋な魔力だけでなく、年齢や教会に入信してからの年数、または有力者へのコネみたいなものが地位を左右するのです。
お姉様などはその典型的な者ですね。
普通はお姉様みたいな出家をして日の浅い者が、今まで通りの家に住み、教会に通っているなどありえないのですよ。
それでも、一応レベルで修道服に身を包み、お祈りを欠かさない様なので、完全に今まで通りの生活とはいかないのですけどね。
まぁ、そんなわけで錬金術で調合した薬だの、魔法を帯びさせた武器防具などは、魔法の代替品が精々の扱いであり、錬金術師の立場が魔術師の立場よりはるかに下に見られる原因なのです。
「……では一旦ポーション販売については棚上げしましょう。薬草栽培については他に意見はある?」
「薬草についての知識は私にはありません。ウェズはどうです?」
アルジーがウェズにそう聞いたところ、ウェズは首を横に振ります。
「となると、一から調べる事になりますが……」
「あー、それなら心配しなくてもいいわよ。少し荒れたような土地で育つ薬草や、薬草の需要なんかは私が知ってるから」
その辺は錬金術師の十八番なのです。
と言っても私は知識はあるけど、実際に育てた事は無いのですがね。
その辺はある程度試行錯誤する必要はあるでしょうが、あまり心配していません。
実はこの施策は私の為でもあるのです。
この二人のお陰で、領主業にも最近は時間の余裕が出て来たのですよね。
勿論、出て来たのは時間の余裕だけで有って、財政的な余裕は依然としてないのですが。
なのでそろそろ私の為の錬金術を再開したいと思っているのです。
と言っても、薬草などは私の領地ではなかなか売っていないのですよね。
勿論他の領地から取りよせる事も出来るのですが、そうするとやっぱりお金がかかるし、財政再建が急務な今、あまり散財するわけにもいきません。
そこで考えたのが『必要な分は自分の領地で栽培したらいいじゃん』という事なのでした。
とはいえ、全部が全部、自分の錬金術の為だけに考えたのではありませんよ?
確かに私の錬金術や治水工事のお陰で、農地を富ませる事には成功しました。
恐らく今年以降の収穫は去年と比べて多くなるでしょう。
しかし、王国全体の収穫量や値段の推移などを見るに、穀物価格は年々緩やかな下落傾向が続いているのです。
なので穀物以外の換金作物として薬草栽培を提案したのでした。
ウェズ発案の公共事業に伴う資材発注も有りますし、薬草栽培などの換金作物事業もうまくいけば、鼻の利く新たな商人を呼び寄せるための餌になるでしょうね。
それに領民にお金が回れば、労働意欲の向上や、経済的な発展などにもつながります。
そのような事を私は二人と話あって、詳細をつめていきます。
そうしている間にも私はティーカップのお茶をすっかり飲みほし、ゆっくりと机に置きました。
するとお姉様は、空になったティーカップにすかさず温かいお茶を入れてくれます。
そして、私に対してニコリとほほ笑んだのでした。