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44 伯爵の元へ主教様が訪れます

 その日のこと。

 私はあいも変わらず執務室にて、乗り気でない仕事に取り組んでおりました。

 あれ以来、デニスさんの方から、お姉様への直接的なアプローチは無いようです。

 新聞で記事になった噂話の件も現在は沈静化しております。

 でも、これで終わったとも思えないんですよね。

 そんな私の予想が、実際に現実のものとなったのは、その日の事でした。


「えっ!?主教様が私に?」


「はい、カードも受け取っております。伯爵様とお会いになりたいとの事ですが、如何いたしましょうか?」


 私は執事からカードを受け取ります。


 カードには『第一教区主教ジョニー・サール』と書かれておりました。


 ……第一教区?

 第一教区とは王都を中心とした教区の事です。

 私達のシュルーズベリー伯爵領を含む教区は第十教区だったはずでは……。

 そんな遠くにある主教様が何のようなのでしょう?


「……お会いしましょう。準備をしてスグに向かうと伝えてください」






§ § §





「お待たせいたしました。私がシュルーズベリー伯爵アルシア・モリナです。それで、第一教区の主教様が、一体私に何の御用でしょうか?」


 私は相手を不快にさせない程度に視線を上から下に動かして言いました。

 第十教区の主教様には私も何度かお会いしたことがありますが、それと服装的なものは変わらないようです。

 ……ですが、漂わせている雰囲気はまるで違います。

 私の目の前にいる、ネズミ顔の小柄な主教様は、食わせ物の雰囲気をプンプンと漂わせているのです。


「実はご相談があってこうしてやってまいりました」


 ネズミ顔の主教様はそう言って、私をみつめます。


「どういったご相談でしょうか?」


 私は心の内を隠しながら、微笑みを絶やさず応対します。


「はい、伯爵の姉君である修道女ティーナの事です。伯爵の方から姉君に結婚を説得していただけませんか?」


 ……なるほど、そう来ましたか。

 顔に似合わず、ストレートに話を進めて来ますね。


「なぜでしょうか?」


 理由は薄々察しが付きますが、そんな事は出来るだけ態度に出さずにそう問い返します。


「デニス氏の事です。あの方は伯爵の姉君を心底愛していらっしゃるようです。私の所にも度々相談に訪れてきます。確かに通常であれば修道女には結婚が認められません。しかし教会が許可を出せばそれも可能です。その意味は伯爵にもお判りでしょう?」


 そう言いながら主教様は意味ありげに笑みを浮かべました。

 なるほどねぇ……。

 教会が命ずれば修道女であるお姉様はそれに従わざるを得ない、結局教会が命ずるか、私が説得するのかの差でしかない、そう仰りたいわけですか。


「通常であれば私自ら訪れて、このようなお話をする事もありません。その辺りの事も汲んで頂ければ助かります」


 そう言って主教様は私に軽く頭を下げました。

 ほほぅ。

 教会の権威を笠に着つつ、自らも頭を下げる事で、私の立場にも配慮している、という姿勢を見せているわけですか。


「……頭をお上げください。デニスさんがお姉様と結婚したがっている事は私も知っております」


「でしたら……」


「しかしお姉様はデニスさんとの結婚を『今は』望んではいません。そしてお姉様が望まない以上、私がお姉様に結婚を説得する事もありません。そんな結婚をしてもお姉様が幸せになれるはずが有りませんからね」


「幸せに成れるかどうかは、実際に結婚してみなければ分からないのではないですか?お互いに愛し合って結婚した者同士が短期間で不仲になったり、逆に意に添わぬ者同士の結婚が仲睦まじいものになったりなどの例は沢山あります」


「……それは、まぁそうかも知れませんが」


 うーん、本当にこの主教様の口はよく動きますね。

 先程から私がなにか言うたびに、休むことなく滑らかに口を動かしています。

 教会と言えど出世するにはこのような能力も必要なのかもしれませんね。


 しかし、私はもうこれ以上この主教様のお話に付き合うのは飽き飽きしてきました。

 なのでそろそろ終わりにしたいと思います。


「主教様のような立場の方に頭を下げさせることが出来るなんて、デニスさんは普段から敬虔な信徒である事が伺えますね」


 どーせ、一杯献金なんかを貰っているんでしょうけど。

 そう思いながらも、私は微笑みを崩さずにそう言いました。


「そ、それはもう……」


「しかしながら主教様、そのお話はここ、第十教区の主教であるヘントン様はご存知なのですか?」


 私がこう切りだした所、やっぱり目の前の主教様には焦りが見え始めましたね。


「そ、それはまだでございます。まずは私が先に伯爵へお話を思いまして、ヘントン主教へのお話はそれからです。無論!私が誠意をもって話せばヘントン主教も私と同じお考えになると思います」


 ふふふ、目の前の主教様はそんな事を言って、何とか誤魔化そうとしていますが私は知っているのですよ。

 教会の人事は縦割りであり、他の教区からの横やりは酷く嫌われている事を。

 お姉様はここ、シュルーズベリー教会の修道女です。

 シュルーズベリー教会のトップは司祭様ですが、その上にいるのが第十教区を束ねるヘントン主教様です。

 もし本当に、お姉様に結婚するように教会から命が出るとして、それを出すのもヘントン主教様なのですよ。

 ウィル商会は王都を中心に活動している商会です。

 第十教区みたいな王都から離れた教区への影響力はさすがに無かったようですね。


「主教様のお話は大変よく分かりました。しかしながら私も忙しい身。本日はここまでにしていただけませんか?」


「わ、分かりました」


 その主教様の言葉を合図に、私は手元の鈴をチリンチリンと鳴らして使用人を呼び寄せると、


「主教様はお帰りになります」


 といって主教様の帰り姿を見送るのでした。

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