43 伯爵は対処に追われます
その日のこと。
私は屋敷の執務室にてお姉様が持ち込んだ新聞を読んでおりました。
社交欄にですね、なんとお姉様とデニスさんの結婚の話が『噂』として載っていたのです。
これ、建前上は『噂』の形態を取っているけど、どー考えてもデニスさんの方から新聞社にお金か何かを握らせて書かせた記事よね……。
私が何も言えないでいると、お姉様から、
「こっちの新聞なんてもっと露骨に書かれてますよ!」
と、別の新聞を見せてくれます。
どれどれ……ってこれは。
別の新聞にはこう書かれておりました。
『噂が正しければ、そう遠くないうちにシュルーズベリー伯爵の姉、ティーナ・モリナ嬢とウィル準男爵の長男、ウィル・デニス氏との挙式が行われる模様』
「この二紙だけではないのです、あちこちの新聞に似たような事が書かれているんですよ!」
そう言いながらお姉様はプリプリと怒っております。
ははーん。
デニスさんが別れ際に仰った『諦めない』って台詞はこういう事ですか……。
お姉様を直接説得するのは難しいと考えて、今度は周りから攻めてきたわけですね。
ラジオがあるとは言え、まだ始まったばかり。
ニュースはまだまだ新聞や人づてに入手する方が大半なのですよ。
そこにあちこちの新聞にこのような事が書かれてしまえばどうなるでしょう?
一応各紙とも『噂話』という形態を取っています。
が、一度こういったメディアに載ってしまうと、それを真実と勘違いする人が残念ながら多いのです。
「こんな事実無根のお話を記事にするんなんて!アルシア、早速新聞社に抗議にいきましょう!」
「あー、お姉様がお怒りになっているのも分かりますが、それは悪手ですよ」
「でも!」
「でもじゃありません。そんな事をしたらまた面白可笑しく書き立てるに決まってます。……しかし、モーニング新聞みたいな一流紙まで記事にするとはねぇ……」
こういう記事に近い内容を、一方的に書き立てるゴシップ紙は兎も角として、上流階級が日常的に見るような一流新聞にまで記事にされるとは思いませんでしたね。
デニスさん……いえ、これは父親であるウィル準男爵のお力でしょうか?
マスコミ関連に相当のコネがありそうです。
反面ウチはというと歴史こそ王国有数の長さを誇ってますが、基本、田舎でノホホンと過ごしてきた一族ですからね。
特に私が後を継いでからは社交などにも殆ど顔を出していませんでしたし。
「……じゃ、アルシアはこのまま黙って見てろって言うんですか?」
「いえ、それも悪手です。とりあえずウチからも正式なコメントを出しましょう。……そうですね、内容は『父や兄に対し立て続けに起こった不幸の冥福を祈る為、ティーナ・モリナは出家して修道女になっており、デニス氏との結婚など考えられない』と、こんな感じで宜しいですか?」
「えぇ、内容はアルシアにお任せします」
私は手元の鈴をチリンチリンと鳴らして使用人を呼び寄せると、
「至急アルジーを呼んでください」
と命ずるのでした。
§ § §
私はアルジーに命じてお姉様の記事をのせた各種新聞に対し、伯爵家からのコメントを載せるように命じました。
……勿論、少なからずお金を払う事になりましたけどね!
まったく、新聞と言うものがあんなにガメツイものだとは思いませんでしたよ。
とはいえ、各種一流紙だけあって影響力はありました。
一時は大騒ぎだった、お姉様のニュースもドンドン下火になってきたように感じられます。
新聞に載った当初は各種方面からお祝いのお手紙などが送られてきて、その返信作業が大変だったのですから。
「で、アルシア。対処はこれで終わりなのですか?」
あれ以来、プリプリとした顔ばかりになってしまったお姉様が言います。
あぁぁぁ、そんなに勢いよく淹れたらお茶がこぼれちゃうじゃ無いですか。
「私はあれから大変だったのですよ!司祭様からも問い詰められるし、他の修道女からも再び距離をおかれてしまうし……。もぅ、ただでさえ出自を理由に距離を置かれていた所を、時間かけてやっと親しくなれそうだったのにまたやり直しじゃない!」
「私だって問い合わせの返信を書くのに大変だったんですよ?」
「そんなのとは比べ物になりません!」
そう言いながら、お姉様はガチャリと何時もより大きな音を立てて私の前にお茶をおいてくれました。
……これってどう見ても八つ当たりされてますよね?
もぅ、私のせいじゃないのに当たらないでください。
私は「はふぅー」と溜息を吐きながらそのお茶に口を付けます。
……でも、お姉様の言う通りです。
今回は何とか沈静化したとはいえ、これだけで済むとは思えません。
きっと他にも手を打ってくるでしょう。
こちらから何らかの根本的な対処をするべきでしょうね
と、なるとやっぱり調査が必要ですか。
「お姉様ももうそんなに怒らないで機嫌を直してくださいな。可愛いお顔が台無しですよ?私はちょっと思いついたことが有りますし、王都の支店にいるウェズと話をして来ますので通信室に行ってきます。帰ってきたらまたお姉様の美味しいお茶を入れてください」
私はお姉様にニコリと微笑むと、ウェズにある指令を出すため、通信室に向かったのでした。