40 伯爵はまるで婚約破棄物の演劇を見ている気分です
その日のこと。
私は教会の裏庭にて繰り広げられるお姉様と元?婚約者さんとの対峙をニヨニヨしながら見ていました。
私にはまるで、王都で流行っているという婚約破棄物のお芝居をみているような感覚だったのです。
まぁ、身内のお姉様に起った事とは言え他人事ですからね!
そして、その私にとってのお芝居はまだまだ続きそうです。
「申し訳ありませんが私はデニスさんの事は愛しておりません。貴方の愛は私ではなく別の方に向けられるべきものだと思います」
おー!
お姉様そこまてキッパリ言ってしまいますか。
む!?
でもデニスさんも負けてはいないようですよ。
「そんな事を仰らないでください。貴女は私の事をよく知らないだけです。私のこの思いを知れば貴女もきっと私の愛に答えてくださる、そう確信しています」
「私はとてもとてもそうは思えません」
そう言ってお姉様はかつての婚約者になるはずだったデニスさんを頭からつま先まで嘗め回すように観察した後、とてもとても大きな溜息をつきました。
それってデニスさんに聞かせるためにわざと大きな溜息をつきましたよね?
「そんな事はありま「それに!」」
なおも食い下がってなにか言おうとしたデニスさんの声をさえぎるようにお姉様が言葉を被せます。
「……それに何でしょうか、続けてください」
「それに、私はもう出家をし、俗世間から離れております」
そしてお姉様はわざとらしい動作で神に祈りを捧げる姿勢をとると、
「私はもう貴方が知る貴族令嬢のティーナ・モリナではありません。神に仕え、身も心も捧げる事を誓った一修道女ティーナなのです」
これは強力なカードですね。
基本的に聖職者になると結婚する事が難しくなります。
通常、貴族を初めとした上流階級の結婚は両親が決めるか、両親の許可を取らないといけません。
その許可が取れないと、わが国では正式な結婚が出来ないのです。
ウチの商会で働いているウェズなんかは侯爵に結婚を反対されて、侯爵の末子という立場を捨てて、国を出て外国で結婚しましたからね。
聖職者の場合は俗世間から切りはなされるという『建前』の為、結婚するのに両親の許可は必要ありません。
代わりに必要なのが、司祭様や主教様といった上位者の許可です。
と言ってもお姉様のような修道女に対して許可が出る事は殆ど無い、そう聞いております。
……ですが、もし本当にお姉様が結婚したい、本気でそう願うならもっと簡単な方法があります。
それは聖職者を辞める事です。
あくまでも己の意思で出家するのであり、還俗するのも己の意思でまぁ割合簡単に出来るのです。
現に貴族の三男とかが一度は聖職者の道に進んだものの、不幸が続いて爵位を継ぐべき兄が亡くなったため、還俗して爵位を継ぐ、なーんて事はよく聞くありふれた話なのです。
そしてその場合、お姉様に結婚の許可を出す上位者は一応、私になります。
その私は、お姉様が本気で結婚をしたいと言うのであればスグにでも許可を出してあげるのです。
「……修道女をおやめになれば結婚は出来るはずです……」
「はい、ですが私は辞めるつもりはこれっポッチもありませんよ」
これにはデニスさんも、続ける言葉がスグには見付からないようですね。
『貴方とは結婚するつもりはありませんよ』、お姉様からはそんなオーラが強く感じられます。
これはもう諦めるしかないんじゃないの?
「なぜ……なぜなのですか?私や私の父に一言も相談なくなぜ修道女などになられてしまったのです!」
なおも必死で問いただすデニスさんのお姿は……なんかもう哀れに見えますね。
「……私の家は二人のお兄様に続き、お父様まで続けて亡くなるという不幸な出来事に襲われました。そして私は決めたのです。お父様とお兄様方の冥福を祈る為出家し、妹であるアルシアを生涯支えて行くことを」
そう言ってお姉様は私の隣まで歩み寄ると、そっと私の手を取ります。
ちょ、お姉様!
色恋沙汰に私まで巻き込むのは辞めてくれませんかね?
「……妹さんの為に私を捨てた、そう仰るのですか?」
お姉様はそれには答えずに、私に顔を向けるとニコリと微笑みました。
私からもこれはフォローが必要かな……。
私はお姉様に気づかれないように小さく溜息を吐くと、
「私もお姉様が傍にいて、相談にのって貰わないと困ってしまいます」
私を出汁に使うのは辞めて欲しいのですが、と心の中で思いながらも、一応助け舟を出してあげました。
「私達はもうたった二人の家族ですものね」
と言うかさ、デニスさんももう諦めようよ。
これ以上しつこいと本当に嫌われちゃうよ?
「……そうですか、貴女のお考えは分かりました。今日の所は引き揚げましょう」
「分かって頂けましたか。それではお帰りはあちらになります。私はお勤めが有りますのであいにくとご案内出来なくて申し訳ありません」
お姉様はそう言ってニコリとしながら出口の方を身振りで指し示します。
デニスさんは重そうな足取りでトボトボと帰路につく、そう思った時でした。
「私はまだ、貴女を諦めたわけではありませんから」
クルリと振り返ったデニスさんは一言、そう口を開くとそのまま出口へと姿を消したのです。