38 伯爵は教会に行きます
その日のこと。
私は教会に足を運びました。
勿論お姉様と一緒にです。
司祭様はいらっしゃる、そうお姉様は仰り、その言葉に偽りは無かったのですが……。
「えっ!?司祭様はこれからご用事ですか?」
「はい、外せない急用が出来てしまったのです。……なのでまことに申し訳無いのですが、伯爵様がお急ぎでなければご相談は後日とさせて頂きたいのですが……」
最近めっきり老けた感じのする司祭様は、本当に申し訳無さそうな顔をしてそう仰いました。
うー、そうですか、急用でしたら仕方ありませんね。
まぁ私の相談と言うのは教会の礼拝所に国民ラジオを設置したいという事だったんですが、また今度でもよい話なので急ぎではないのです。
「……分かりました。私の相談事はまた後日とさせて頂きます。お急ぎなのでしょう?どうぞ司祭様は私に構わずに」
「それでは私は失礼させていただきます。……そうそう、修道女ティーナ」
そう言って別れ間際に司祭様は、私の隣にいたお姉様に話しかけます。
「はい、司祭様。何用でしょうか?」
「話の通り私はこれから出かけなければなりません。なので今日の説教は貴女に任せますよ」
「はい、了解いたしました。行ってらっしゃいませ」
そう言い残して司祭様はイソイソと何処かへ出かけて行きました。
広い礼拝所にポツンと残されたのは私とお姉様の二人っきりです。
「ごめんなさいね、アルシア。今日の司祭様は出かける予定が無かったはずなんですけどねぇ……」
司祭様に負けず劣らず、申し訳そうにお姉様が謝ります。
「……まぁ、こういう日もありますよ。お姉様も嘘をついたわけではないので気になさらないでください」
「それで、アルシアはそのままお屋敷に帰るのですか?」
うーん、まあ本来ならそうするべきなんでしょうけどね。
決済しなきゃいけない書類も有りますし。
でもこの時の私は、もともと仕事熱心な性格ではないので、サボりたい気持ちで一杯なのでした。
と、言ってもそれをそのまま口に出すと、お姉様からお小言を食らうのは判り切っているので、
「……そうですね、折角教会に来たんですからお姉様の説教でも聞いて行こうと思います」
「あら!アルシアがそんな事を言うなんて珍しい事ですね。でも大変殊勝なことだと思いますよ」
私の本心を知ってか知らずか、お姉様はニコニコしてそう仰いました。
「では私は説教の準備が有りますので、席を外しますね。また合いましょう、アルシア」
「はい、お姉様も説教を頑張ってください」
そう言い残してお姉様は礼拝所の奥へと引っ込んだのでした。
§ § §
「……生きていくためには神が与えた様々な試練を乗り越えなくてはなりません。それは人によってはとても乗り越えられない、そう思われるかも知れません。しかし神は決して乗り越えられない試練を与えたりはしません。その試練に全力で立ち向かえば必ず乗り越えられると私は信じております。そして偉大なる神は非力な私達に立ち向かう勇気を授けてくれるのです」
礼拝所にお姉様の説教が響き渡ります。
広い礼拝所にも関わらず、人はまばらですね。
私も日曜日の礼拝以外に初めて来ましたが、まぁこんなものなのでしょう。
日曜礼拝は一応、信徒の義務とされているので、殆どの領民が参加しますが、それ以外の礼拝は任意なので私も含めて来ない人も多いのです。
それに、事前にお姉様が説教されると知らされていればもっと若い男性信徒が集まっていたかもしれませんが、急遽司祭様の代わりに説教する事になったのですからね。
とはいえ、日曜礼拝以外に説教を聞きに来ているという事は熱心な信徒と言うわけであり、特に一部の若い男性は最前列で食い入るようにお姉様の説教を聞いています。
傍からみてると分かりやすいですね、お姉様はご自分が目的になっている事に気が付いているのでしょうか?
私がそんな事を思っている間にもお姉様は神の教えを説き続けています。
うーん、こうして熱心に教えを説き続けてるお姉様を見ていますと、領民、特に若い男性に人気があるのも分かりますね。
貴族令嬢らしく高貴で清楚な雰囲気なお姉様が身振り手振りも交えて神の教えを熱っぽく説いているからです。
熱が入りすぎているのか、その潤んだような目で熱心に語り掛けているお姿を見るに、私ももし男性ならコロッと参ってしまうかもしれません。
しかし、私は普段の口うるさくお小言をするお姉様を知っていますから騙されませんよ!
私が、そんなこんなを考えているうちに、お姉様も説教は終わりに近づいてきたようです。
「……今日の説教はこれで終わります。今日は司祭様が急遽ご用事ということで拙いながらも私が説教を担当しました、ご清聴感謝いたします。明日はいつも通り司祭様が説教される予定です」
そう言ってお姉様は私に目を合わせると一瞬、ニコリと微笑んだ……ように見えました。
そして信徒達に一礼すると、礼拝所の奥へと引き込んだのです。
私はお姉様の姿が完全に見えなくなると腕を上にあげてのびーっとします。
まぁ、暇つぶしにはなったわよね。
はぁ、屋敷に戻らないと……、でも仕事やだなぁ……。
と思いつつも、重い腰をあげて帰路につこうとしていた所で、ある出来事が起こりました。