37 伯爵とラジオ放送その2
その日のこと。
私は大勢の使用人と共に大広間にて待機しておりました。
そして目の前には新型のラジオ。
これは『国民ラジオ』と名づけられた王国放送協会認定の正式な新型ラジオです。
そして、なーんと!
今日はですね、陛下がラジオにて玉音放送をされると言う事なのです。
……ぶっちゃけ私的にはどーでも良かったんですが、このお話を聞いたお姉様は舞い上がっていました。
「何を言ってるんですか!陛下のお言葉を賜るなんて大変に名誉な事なんですよ!……そうだ、折角ですから我が屋敷で働く使用人の方々にも陛下のお言葉を聞いてもらいましょう!」
……などと言い出したので、この事態になっているわけです。
うーんと、時間的にはそろそろかな……。
あ、音楽が終わってアナウンサーの声が聴こえてきましたよ。
「ただいまより、国王陛下におかれましては王国民に対し、畏れ多くも御身自らラジオの前で宣らせ給うことになりました。聴取者の皆様はご起立を願います」
そのアナウンスに合わせて、ガタガタっと皆で起立します。
そして国王陛下、と思われる人の声が流れ始めました。
こんな声だったかな……?
ぶっちゃっけ私は陛下の声を聞いたことが殆どありません。
こんなことを思っては何ですが、陛下は六十を過ぎたおじいちゃんであり声にも張りがなく聞き取りずらいのです。
内容はというと、今日から王都で始まる王国博覧会の開催式のスピーチですね。
早く終わってくれないかなぁ……。
私は立っている間中、ずっとそんな事を考えていました。
「謹みて国王陛下のお言葉を終わります」
それが聴こえたのを合図に私は身振りで指示をすると、アルジーが使用人に職務に戻るように指示しています。
私は正直やっと終わった……、という気持ちで一杯でしたが、お姉様はというと……。
「はぁ……陛下のお言葉が屋敷に居ながら拝聴できるなんて、何と素敵な事なんでしょう!」
と、大盛り上がりです。
「ねぇ、アルジーもそう思うでしょう?」
「はい、ティーナ様。私は陛下のお姿を目にしたことはありませんが、とてもとても陛下を身近に感じました」
「そうですよね!そうでしょう!これもアルシアがラジオを開発してくれたお陰よ」
そう言ってニコニコとしながら私の肩をポンポンと叩きます。
「はぁ……、お姉様に喜んで貰えて、私も嬉しいです」
そんな私の投げやりの言葉に、お姉様は気が付いたのか表情を変えると、
「もぅ、折角陛下のお言葉を拝聴する機会がありましたのに!アルシアも有事の際は王国貴族として陛下を支える義務があるのですよ?」
「……私も陛下のお言葉を拝聴する事ができて良かったです。実をいえば昨日ちょっと夜更かししてしまって、少し頭がぼーっとしてたんですよ」
本音を言えば私は陛下のお言葉などどーでも良かったのですが、それをそのまま口に出すとお姉様にまた『王国貴族としての責務がどうこう』とか言われてしまうのは判り切っていたので、そのまま口に出すことはせずに誤魔化しておきました。
「まぁアルシア。商会のお仕事がそんなに忙しいのですか?」
「えぇ、国民ラジオの生産の一角をウチの商会で担っていますからね。その関係で仕事が山積みなんです」
どうやら政府の考えとしては、このラジオを一家に一台、普及させようと考えているようですね。
そしてウチの商会もラジオを他に優先して生産するよう『指示』が来ています。
その関係でいろいろと面倒くさいことになってるんですよね。
「お姉様はこの後、教会に行かれるのですか?」
「はい、私も神に仕える修道女として、日々の勤めを果たさなくてはいけませんからね」
日々のお勤めねぇ……。
お姉様が言っている『お勤め』とは、教会の掃除をしたり、司祭様がお忙しい時に、代わって領民の相談に乗ったり、説教をしたりする事です。
それだけでは無いかもしれませんが、少なくとも私の認識としてはそうです。
実の所、意外かもしれませんが、修道女としてのお姉様は、領民にとてもとても人気があるようです。
貴族令嬢らしい優雅な動作や、美しい声で発せられる、知性溢れる語り口などが評判だとか。
まぁ司祭様は初老に差し掛かったおじいちゃんですからね。
おじいちゃんよりもお姉様みたいなうら若い美人さんに説教された方が、領民も嬉しいと思います。
それに私は知っているのです。
司祭様に代わって、お姉様が説教するときにだけ熱心に前の方に陣取る若い男性が多いことを。
ふふふ、お姉様はモテモテですね。
そんなこんなで、屋敷と教会を往復するというお姉様の変則的な修道女生活は、案外上手く回っているのでした。
「では今日は私も一緒に教会へ行っても宜しいですか?」
「あら?アルシアも教会に?何の御用なのですか?」
「司祭様にご相談したいことがあるのです」
「そうですか、貴女が日曜礼拝以外に教会に行くとは珍しいと思いましたが司祭様にご用事ですか。今日はいらっしゃると思いますからぜひ一緒に行きましょう」
しかし、この時はあんな事が起こるとは予想にもしてなかったのでした。