36 伯爵と王国放送協会
その日のこと。
私は正式に成立したばかりの契約書を見ながらニヨニヨしていました。
それは当然新開発したラジオの事です。
お披露目をしたラジオはとてもとても目を引いたらし政府や各種商会からつよい関心を寄せられました。
そしてなんやかんやとお互いのメンツをかけた駆け引きがあった結果、誕生したのが王国放送協会という組織です。
なんとこれは国王陛下からの特許状までついた、陛下お墨付の組織ですよ!
この組織の主な趣旨としては新しくラジオ放送するに当たっては協会の認可が必要であり、協会の指示に沿った形で設備構築や放送をしなければならないと言う事です。
そしてその設備に関しては私達の商会で作った仕組みにするとなってます。
これはつまることツマレバ設備構築は私達の商会で独占するという事にほかなりません。
と、言っても実際に全部やるのはとても手が回らないの、で他の商会に下請けに出してるんけどね。
あ、そうそう、ラジオの仕組みについては、ちょっと迷ったのですが特許申請をしておきました。
特許を出すという事は仕組みを全て明らかにする、ということなのである程度の技術があれば他の方に真似されてしまう可能性もあるんですが……。
とはいえ、元になったレティシアの論文は既に公表されているものですし、今は学院関係者のみが閲覧できる非公開文献指定になっているとはいっても、その指定はいずれは解除されるものですし、閲覧資格を持つ学院の関係者は王国にもそれなりにいるのです。
特許料の取り分の配分については商会が四割、半分をレティシア、残り一割をアナベラにしておきました。
これにはレティシアやアナベラもびっくりして、特にレティシアはとても申し訳無さそうにしていたのですが、私はこう言ってあげたのです。
「ラジオはレティシアの力無くてはとても開発出来なかったわ。細やかではあるけど貴女に報いてあげたいのよ。……だから、これからも力を貸してくださいね?」
そう言いながら手を取ってニコリと微笑んだのですが、効果は抜群でしたね!
レティシアは感極まったかのように、両目に涙を浮かべていたのですから。
アナベラにも取り分を渡したのは最近のアナベラには忙しくさせていたからです。
試作段階までは私とアナベラの二人で行っていましたが、量産化されたラジオをセッセと作っているのはアナベラを中心とした錬金術師グループですからね。
その中心人物たるアナベラへのご機嫌取りなのです。
そんなアナベラはというと、
「ま、まぁアルシアがくれるって言うなら貰っておくけど、だからと言ってこれ以上忙しくさせないでよね」
などど相変わらずのツンデレさんでしたが、内心は喜んでいるのが見え見えでした。
これからもドンドン便利に使っていく予定です。
「でもアルシア、契約内容はアレでよかったの?」
「アレって……『放送内容については事前に政府の検閲を受ける』って部分?」
「そうよ、貴女にいう事では無いと思うんだけど、私は国や政府とかはあまり信用してないのよ」
アナベラのその言葉にレティシアも遠慮がちに頷きます。
そうねぇ、アナベラも、そしてレティシアもですが共和国出身者はかつての旧王国が滅びて、その後の混乱でひどい目にあった歴史が有りますからね。
とはいえ、王国は建国以来内部としては安定してますから、その辺の感性は私にはよく分からないのですよね。
さて、なんと答えたものか……。
「……私も望まぬとはいえ王国貴族の一員として爵位を拝命していますし、放送協会は陛下の特許状まで発効された組織です。政府の意向に従う事は異議はありませんよ?」
と、王国貴族としての模範解答をしておきました。
その放送協会ですが運営メンバーや技術スタッフとしてウチの人員を多数放り込んであります。
当分は政府や国軍の意向を踏まえた運営にならざるを得ませんが、そこは仕方ありませんよね。
商会としては放送の内容までは口出しする気はありません。
キモとなる技術や、設備の構築などに携わるだけで十分なのです。
その私の返答に対して、アナベラはなにか思うところがありそうで苦笑しながらいいました。
「あー、そうね。普段は意識しなかったけどアルシアは伯爵だったわね。既に政府の統治機構にスッカリ組み込まれているのを忘れてたわ。でもね、私は貴女に誘われたからここにいるの。アルシアといれば面白い事が出来ると思ったからよ。貴女以外の……王国政府に使われる気はないから。それだけは忘れないでちょうだい」
むー。
それを言われるとこちらとしても弱いですね……。
放送協会の技術スタッフにアナベラを放り込む意見もあったのですが却下して正解だったかな?
「……そうね、私もアナベラを誘ったのは単に優秀な錬金術師だったから、ってだけではないのよ?私も貴女と一緒に学院では出来なかった実用的な錬金術の研究をしたかったからなの。だからアナベラを王国政府に渡す気なんか毛頭ないから安心してちょうだい」
そう言って顔を伏せながらもそっとアナベラの手を握ります。
そしておもむろに顔をあげると、私は満面の笑みを浮かべました。
アナベラは顔を赤らめながらも「貴女には敵わないわね」などと呟いています。
フフフ……。
アナベラが私の笑顔に弱い事はもはや私の中では既に常識なのです。
私は自身の笑顔の結果に満足しつつ、内心で大きく頷いたのでした。