35 伯爵とラジオ放送
その日のこと。
私は珍しく早めに書類仕事を終わらせると、自室でノンビリお茶を楽しんでおりました。
まぁ、残念ながら一人では無いんですけどね。
「アルシア、お茶のお替りはどうですか?」
はい、いつも通りお姉様と一緒です。
何が嬉しいのか、ニコニコしながらお茶のポットを持ち、そう話しかけてきたお姉様をじっとみつめます。
……スッカリ私の秘書兼、侍女のようになってきましたね。
修道服を着た自身の姉をこんな扱いにしている伯爵なんて私だけでしょう。
家政婦長からも扱いに困るので何とかして欲しいと再三言われています。
私としても外聞が悪いので何とかしたいのですが……。
「……ありがとうございます、お姉様。ぜひ頂きます」
私の言葉で、お姉様はいつものように良い香りのお茶を入れてくれます。
「はい、どうぞ。あ!アルシア、もうスグ始まる時間よ!」
そしてお姉様の言葉通りにソレは始まりました。
『アーアー、聴こえますか。こちらはシュルーズベリー放送局であります。ただいまより午後の放送を開始します』
今の時間は夕方、もう少しすれば太陽はスッカリ落ちてしまうでしょう。
これはレティシアの理論を元に、最近シュルーズベリー商会で開発された無線通信装置――通称ラジオと言うものです。
今までの通信魔石はあくまで一対一の通信しか出来ませんでしたがこれは違います。
片方向通信しか出来ないものの、なんと同じ錬金術式を刻んだ全ての魔石に纏めて通信する事が可能なのです。
そしてその作った装置を我が領内のあちこちに設置して朝と夕方に試験放送する事にしたのでした。
放送内容は新聞からピックアップしたニュースと天気予報、そして簡単な音楽ですね。
この放送の為だけに専用のバイオリン演奏者まで雇ってますよ!
最初はこんな小さな装置から声や音楽が聴こえて来るのに戸惑っていた領民も多かったのですが、数日もするとスッカリ慣れてしまった者も多いようですね。
そしてお姉様はというと、この放送を楽しみにしてる一人なのです。
『――では次は天気情報です。現在は北東の風、風力指数4、天気曇り、気圧1016ヘクトパスカル、気温21度。明日の天気予測は快晴です。なお天気予測は外れる場合がある事にご留意ください。それでは音楽の時間です。曲名は――』
ラジオからは小さなガタガタっと音が聴こえ、そしてバイオリンの曲が流れだします。
見ればお姉様はご自分に入れたお茶を手に持ちながら、座って音楽に聞き入っているようですね。
演奏者には日替わりで演奏する曲を変えるように指示してますので、実際流れるまでどの曲が流れるかは私にも分かりません。
この音楽コーナーはお姉様も聞き入ってるぐらいですから、余り音楽に触れる事の無かった領民にも好評の要ですね。
そして何曲か流れて、音楽コーナは終わりを迎えます。
『音楽を演奏いたしました。以上を持ちまして午後の放送を終わります。また明日の放送をお楽しみください』
また小さなガチャガチャという音が聴こえ、そして無音になります。
ソレをまっていたかのようにお姉様は口を開きました。
「やっぱり音楽はいい物ね。スッカリ聞き入ってしまいました」
「……日常音楽に触れない領民なら兎も角、お姉様は音楽を聞く事も多かったでしょう?それでもこの放送が楽しみなのですか?」
「お父様が亡くなられてからは舞踏会や劇場に行くこともスッカリ無くなってしまいましたしね。……勿論教会でも音楽は聞けますが、いつもいつも代り映えしない様な讃美歌ばかりでは正直飽きてしまいました」
と、仰った後、
「今、私が言ったことは司祭様にはナイショですよ?」
と可愛く舌をペロリと出してお茶に口を付けました。
そりゃまぁ修道女が舞踏会や劇場に遊びに行くわけには行きませんしね。
だったら出家なんかしなければ良かったのでは?
……と、言いたい所ですが口に出すと機嫌を損ねてしまう事が確定なので黙っておきます。
「領民にも音楽は好評なようですね。……お姉様からニュースだけでなく音楽を流す提案を受けた時は正直どうかとも思いましたが、やって正解だったようです」
「そうでしょう!アルシアからお話を聞いた時、絶対音楽を流した方が良いと直感したのです」
実際の所は、私のも含めて懐疑的な反応を示す者が多数でした。
通信魔石もそうですが、元々は音声のみを送信する事を前提としていましたからね。
とはいえ、折角の意見を無下に却下するのもアレですし、どうせ試験放送なんだからやってみようか、そんな意識で始めたのですが。
……多くの者にとっては自分にかかわりが無いと思える新聞のニュースや、空を見れば分かる天気よりも音楽の方が聞く気になるようですね。
「直感ですか」
「そうです。でも私も決して無責任に発言したわけではありませんよ?私も出家してから以前より多くの領民と係わる事が増えましたからね。多くの者は娯楽に飢えているのです。私達貴族と違って、気軽に領外……王都などに行けるわけでは無いですからね」
「まぁ、それはその通りですね」
「これからも出来れば私にも相談してくださいね?決して、アルシアの損にはさせませんから」
そう言ってお姉様はご自分のお茶に口を付け、ニコリと微笑んだのでした。