34 伯爵と秘密の数式
その日のこと。
私は何日かぶりに王国へと戻っていました。
レティシアのスカウトは無事に成功です!
彼女も色々と思うところがありそうでしたが、やっぱり『自分の理論を自身の手で実証、実現する」という部分に惹かれる部分が多々あったようですね。
……本当はもっと早く帰国出来たのですが、教授へのご挨拶やら、お姉様の観光ガイドとしてあちこちの場所へ引き釣り回されたのはまた別のお話。
§ § §
「えっと、本当にこの計算はこれで合っているのですか、レティシア?」
「……その認識です、アルシアさん。ですが自分の理論や計算が百%正しい、などというつもりはありません。誤りがあればご指摘をお願いします」
逆にそう問われた私は、隣で同じように話を聞いていたアナベラと顔を見合わせました。
指摘っていわれても、さっぱり分からないのですよ。
アナベラも私と同じ気持ちなのか、苦笑いを浮かべています。
うーん……。
基本、錬金術に係わる事でしたら私の間違いはアナベラが、アナベラの間違いは私が指摘可能です。
私は自分がアナベラよりも優れているという自信は有りますが、その差は決して大きい物ではなく、私に出来る事はお金と時間さえ掛ければアナベラにも殆どは可能なのです。
私が居なければ、きっと彼女が教授のお気に入りになっていたでしょうね。
あのあまり生徒の事など気に掛けない様な教授が、彼女の事を覚えているのは決して私が最も親しくしている友人だったからでは無いはずです。
それに引き換え、レティシアの誤りは私レベルの知識では指摘不可能です。
これは彼女の話は全て正しい、という前提で話を進めるという事にほかなりません。
その事に若干の不安を感じてしまいますね……。
……とはいえ、今はそう言うものとして割り切るしかありませんね。
「分かりました、ではこれは全て正しい物として扱いましょう。アナベラもそれで良い?」
「えぇ、それで良いわよ。どうせ私にはこの計算が正しいかどうか分からないんだし、正しい物として扱う事に異議は無いわ」
「それで、説明の続きですが、現状、多方面の『相互』通信については仮定に仮定を幾つも重ねた状態です。今の段階でそれを実用にするのは不可能とは言わないまでも非常に困難を伴うでしょう、ですのでまずは別のアプローチから実用化を進める事を提案します」
「別のアプローチ?」
「はい、まずは多方面の『片方向』通信から始めるべきです。こちらは既に実証されている理論も多く、少ない用力で実用化も可能と思われます」
「片方向って……それじゃ会話が出来ないじゃない。それってどうなの、アルシア?」
「うーん、それってこちらのいう事を一方的に伝えるだけになるけど、用途を絞れば需要はあるかも知れないわね」
「そうなんだ、アルシアがそう言うなら別に良いわ。でもどんな用途を考えているの?」
「そうねぇ……、例えば新聞に載っているようなニュースとかあるでしょ?あれは書き手のメッセージを一方的に読者へと伝えているじゃない。それを音声通信でも実現出来るかもしれない、と考えているのよ」
「それって……わざわざ新聞を読み上げてニュースを伝えるって事?」
「えぇ、世の中にはまだまだ読み書きが出来ない人も少なからずいるわ。それに新聞は書いた物を大量に印刷して各地に届けなければならないけど、音声通信なら一瞬で内容が伝わるじゃない」
「それはそうだけど……新聞の方が安価で後で何度も読み返す事も出来るし、それに引き換え高価でその場にいないと聞くこと出来ない上、片方向しか通信出来ない装置なんてわざわざ買う人がいるのかしら……」
うーん、我ながら良い考えだと思ったですが、アナベラはどうも懐疑的なようですね。
「その懸念ももっともだわ、その辺りの事は私達の考えだけでなく他の人にもいろいろアイディアを募るつもりです」
「まぁ、それもそうね。私達だけで話し合う内容でも無いわね」
私とアナベラはお互いに頷きます。
そしてレティシアの方に改めて向き直ると、
「それでね、レティシア。この資料をもっと分かりやすく出来ないかしら。私達でも完全に理解出来ないもの、他の人にはなおさらだわ」
「はぁ……分かりやすくですか?」
「もっとこう……図やグラフを使う感じで。……特にこの計算式の羅列はやめてください」
「でもそれじゃ、計算に誤りがあった場合の検証や指摘が困難に……」
やはり数学者というだけあって、計算式を無くすという私の発言に対して何か思うところがあるのか顔を曇らせましたね。
でもダメです。
他人に説明する時はこんな理解出来ない数式はバッサリと切ってしまうに限るのです。
「……ですからそれは、先程私が言ったように『貴女の計算は常に正しい物』として扱います。その辺は気にしなくて構いませんよ?」
「……分かりました。あまり気は進みませんが、アルシアさんがそう言うのであればその方向で資料を作成してみます」
「お願いね?では今日の打ち合わせはここまでとしましょうか。二人とも喉が乾いたでしょう?丁度お姉様が良い茶葉を手に入れたと仰っていたの。一緒に頂かない?」
そう言って私は二人に対してニッコリと微笑んだのでした。