33 伯爵はまたまた共和国へ
登場人物紹介
アルシア・モリナ……主人公。急死した父や兄に代わりシュルーズベリー伯爵を継ぐ。十六歳。
ティーナ・モリナ……主人公の姉。父や兄の冥福を祈る為に出家した修道女。十八歳。
アナベラ・ダルラン……主人公の学院時代の友人。今は主人公の商会で働いている。
レティシア・ボシェロ……主人公の学院時代の知人。数学を学んでいる。
§ § §
その日の事。
アナベラから画期的な情報を聞いてから数週間後。
私は、久しぶりに共和国の大地を踏みしめておりました。
と言っても一人ではありません。
「アルシアと一緒に共和国にくるのはいつ以来かしらね。あ、みてみてアルシア!あの建物って以前はあったかしら?」
隣で指を差しながらきゃぁきゃぁとはしゃぐお邪魔……基、私の大切なお姉様がいらっしゃいます。
「……お姉様。分かってると思いますが、わざわざ共和国まで遊びに来たんではありませんよ?」
お上りさん丸出しのお姉様に対して、一応釘を差しておきました。
「もぅ、分かってますよアルシア。でもお仕事のご用事が終わったら時間はあるのでしょう?」
「それはまぁ……ありますけど」
「でしたらそれまではガマンしておきます。でも出来るだけ早くご用事を終わらすのですよ?」
早く終わったら、その分早く帰りたいんですが……。
でも私はそんな思っている事も言えずに、力なく首を縦に振るのでした。
「……では私は行ってきますので、お姉様はおとなしくホテルで待っていてください」
「アルシア、行ってらっしゃい~」
何がそんなに嬉しいのか、ニコニコしながら私に向かって手を振るお姉様を後目に、私は溜息を吐きながら目的の場所に向かうのでした。
§ § §
「アルシアさん、お久しぶりです」
「久しぶりね。突然会いに来て何なんだけど時間大丈夫だった?」
私は目の前の人物に対し、そう言って微笑む。
どうも私の微笑は人に好感を抱かせる可能性が高いみたいなんですよね。
中には笑顔がとてもとても胡散臭い人もいますが、私はそうでなくて良かったです。
「はい、大丈夫です」
相手はどことなく緊張が見え隠れしていましたが、私の微笑みの効果なのでしょうか?
緊張がほぐれた様子が感じられました。
「本当に突然会いに来てごめんなさいね。貴女にぜひ相談したいことがあったのよ」
私は穏やかな微笑みを崩さないで、そう切り出しました。
彼女の名前はレティシア・ボシェロと言います。
レティシアは私が学院に在籍していた時の知り合いです。
と、言っても彼女は私が在籍していた錬金術学科の生徒ではありません。
数学科に在籍しています。
数学科と言うのは錬金術学科より、さらにマイナーな学問です。
一般人に取っての数学なんて精々四則演算が出来れば十分ですものね。
ですけど彼女が属する数学科はそんな物ではなく、ひじょーに複雑な且つ難解な数式を駆使して、世の理を数式で解明しようとする学問なのです。
例えば星々の動きなどですね。
学んでも実生活でほぼ使う事はない学問なのですが、賢者の学院は文字通り『あらゆる学問の賢者』を育成する事を目的としている為、このような毎年定員割れするようなマイナーな学問でも高度に学ぶ事が出来るのです。
……無論、本人にやる気があればですけどね。
私は自身の研究をスムーズに進める為に、他の学科の優秀な生徒とは積極的に接触し、相手の役に立つような錬金術で作成した道具などを安価に提供してきました。
レティシアはそんな生徒の一人です。
「どのようなご相談ですか?アルシアさんにはお世話になりましたし、私に出来ることなら可能な範囲で相談に乗りますよ」
「これの事なんだけど……」
私はそう言いながら、書類を取り出しました。
「これは……?私の論文の要略……ですか?」
「やっぱり……これを書いたのは貴女だったのね。同姓同名の可能性も有ると思っていたから、レティシアが書いたって分かって安心したわ」
「えぇ、私が書いた物ですけど……これが何か?」
「まぁ、話をする前に注文しましょうか。支払いに関しては私が持ちますから、お好きな物を注文して構いませんよ?」
柔らかな笑顔を見せながらそう言って、私は店員さんを呼びます。
お、そうだ、帰りにお姉様にこのお店のクッキーでもお土産に買っていきましょうか。
§ § §
論文について一通り説明を受けましたがやっぱりさっぱりわけが分かりません!
まぁ彼女の説明が上手いとも思えませんでしたが、そもそもで言えば同じぐらいのレベルの数学を学んでいないとついて行けない内容のようです。
うーん。
本人から説明を受ければ若しかして、と思いましたがやっぱり手っ取り早くいきましょうか。
「今ね、私の商会では通信魔石を使った大規模な通信システムの構築をしているのよ」
「そうなんですか、それで私の論文に興味を持ったんですね」
「えぇ、それでね。レティシア、私の商会で働く気はない?」
「えっ!?私が、アルシアさんの商会で、ですか?」
「そうよ。学院は辞める必要はないわ。実はもう、貴女みたいに学院の生徒で既に働いて貰っている人がいるの。その人も別に学院を辞めたわけじゃないし、ひと段落したら学院に戻っていいから」
「……でもアルシアさんの商会って王国にあるんですよね?戻っていいっていっても気軽に帰れるわけじゃ……」
そうレティシアはぼそりと言います。
く、確かにその通りですし、一度来たら簡単に帰す気は無いですがここは押しの一手なのですよ!
「貴女だって実際にあの理論を自分自身の手で実現して見たいと思わない?」
「それは思いますが……」
「それに一つ聞くけど、貴女の論文が発表されてから、私みたいに実際に会いに来て話を聞きに来た人はいたの?」
「……いません」
「正直レティシアの論文は画期的だとは思うけど、非常に複雑で難解だわ。このままだと埋もれてしまう可能性が高いと思うの。私はそれが惜しいのよ」
そう言いながら私はレティシアの手を両手でそっと握り締めます。
突然合わせられた手にびっくりした様子で一瞬、身体をピクリと震わせたレティシアに対して私は言葉を続けました。
「だから……ね?お願い。私と一緒に来て。そして一緒に貴女の理論を証明しましょう」
私はレティシアの手を握り締めたまま、そう言ってニコリとほほ笑んだのでした。