32 伯爵はアナベラから情報を貰います
その日の事。
私はかつての私の家、そして今はアナベラが住まう別邸へと足を伸ばしていました。
昔は私が細やかに実験研究をしていた家も、今ではアナベラの為にすこーしだけお金をかけて改装をしています。
久々に訪れたその家の入り口では警備用のゴーレムがお出迎えしてくれました。
おや?以前より数が少々増えてますね、ま、良いんですが。
すっごく久々感のあるその家、お出迎えしてくれた使用人が、
「伯爵様!アナベラ様に御用でしょうか?今からお呼びいたします」
というのを手で静止すると、そのままスルリと中に入りました。
「わざわざ呼ばなくて結構です。私が直接いきますので貴方は仕事に戻って構いませんよ」
私がそう言うと、使用人の方は何か思うところが有りそうでしたが、そのまま職務に戻っていきます。
さって、アナベラの研究室は確かこっちだったわよね……。
室内なのに鍵のかかったその部屋を私はノックもせずに合鍵を使って入ります。
うーん、相変わらず整頓されてるなぁ……。
他人には恐らく何に使うか分からない様な実験道具、分厚い辞書のような専門書、そしてガラス瓶に入った実験素材などなどがとてもとても整理整頓されて並べられています。
薬草などは嫌な匂いがする事も多いのですが、それらの匂いもあまり感じられません。
おそらくは頻繁に空気の入れ替えや清掃が行われている為でしょうね。
そして私に気が付いたのか、最奥にいた、恐らく何らかの作業をしていた数名の人物が振り返りました。
その中の一人が私のお目当ての人物です。
「アルシア!もう、来るなら来るでちゃんと連絡ぐらいしなさいよ」
「急に貴女の顔を見たくなったのよ、忙しかったかしら?」
そう言って私はニコリと微笑みます。
「い、忙しいに決まってるでしょ!貴女はいつもいつも面倒な要件を持ち込んでくるんだから。でも良いわ。ひと段落した所だから、少しぐらいなら大丈夫よ」
そう言うとアナベラは、他の人達に「じゃ後は任せたわ」といって私を連れ立って自室へと向かったのでした。
§ § §
「それでどうしたのよ、急に。……どうせ貴女の事だから只私の顔を見たくなっただけじゃないんでしょ?」
あら、バレてますね。
「アナベラはこの間共和国に戻っていたでしょう?教授にもお会いしたんじゃないかしら?」
「あぁ、その話か……。えぇ、お会いしたわよ」
「教授はご息災でした?何か話題は有りましたか?」
「……教授は相変わらず貴女の事ばかり聞くので辟易したわ。やれアルシアは息災かだの、研究は続けているかだのそればっかり。……お会いしたのは私だっていうのにね」
「あはははは。そ、それはきっとアナベラは会って元気だって分かったからじゃないかしら?私がお会いしたら逆に貴女の事を聞かれると思うわよ?」
「……本当にそう思う?」
「えぇ、きっとそうです。コホン……で、他には何か面白い話題とかは無かったのかしら?」
「丁度良いのがあるわよ。元々私の作業が一段落したら見せようと思っていたから都合がいいわ」
そう言ってアナベラは何かの資料を取り出します。
何でしょうね?
「さすがに現物は持ち出せないから、私が纏めたレジュメになるけどね。アルシアだったらこれに興味を持つんじゃないかと思って」
そう言って差し出されたのは何かの論文を要約した物の用ですね。
拝見してみましょうか。
「えっと……えっ!?『通信魔石を応用した多方面通信の実現の可能性について……』アナベラ!これって……」
「えぇ、教授に挨拶した帰りにね、ちょっと学院の図書室に寄ってみたのよ。ほら、私は自主退学した貴女と違って休学中じゃない?学院の関係者のみが閲覧できる非公開文献の閲覧資格はまだ生きてるから。その時に見つけたのよ、先月発表されたばかりの最新の論文よ」
ドヤ顔でそう説明するアナベラを後目に、私はその論文のレジュメを食い入るようにみつめます。
通信魔石はあくまで対になった魔石同士でしか通信できません。
多方面通信については通信魔石が実用化され始めた時から提唱はされていたのですが、公式に発表されている限りにおいて、いまだに実現の方法はみえていませんでした。
そう、理論的には可能でも実現は不可能、今まではそう思われていたのです。
「もう大変だったんだから、現物の論文は勿論持ちだせるわけないでしょ?書きうつすしか無いんだけど、とても短時間じゃ無理なわけ。難解な内容だし、それをわかる範囲で読み解いてここまで要約するのはひと手間所か二手間も三手間も……ってちょっと!アルシア?聞いてるの?」
アナベラは相変わらずドヤ顔で色々と喋っていますが、もう私の耳にははいりません。
……でも少し煩いですね、お願いですからちょっと黙っててください。
そう思いながらも私は黙々とレジュメを読み進みます。
えっと何々?
んっと、魔力の遅延波と先進波の複数処理?
ちょっとこれじゃ意味が分からないですね……。
このレジュメの後半には、複雑な数式が幾つも並んでいます。
「……ねぇ?アナベラ」
「なによ?」
「貴女ってこの数式の意味が分かるの?」
「……分かるはず無いじゃない。私は錬金術師よ?数学者じゃないんだから」
「……デスヨネー」
ちなみに私もここまで複雑な数式はさっぱり分かりません!
困ったこまった、さてどうしよう?