29 伯爵は報告書をみてやっぱりニマニマとします
その日の事。
私は自身の執務室で報告書を見ておりました。
「くくく、ふふふふふ……」
いやー、本当にニヤニヤがとまりません。
利益が急激に上がっているのです。
その理由はというと、例の通信魔石です。
これの外部への販売は取りやめてどうしているのかというと、自らの商会の為だけに使っています。
まず各地にある大領地と交渉して小規模な拠点を用意しました。
そしてその拠点から、我が伯爵領までの通信網を整備したのです。
具体的にはこれは対になった通信魔石でしか通信できないので、片方の魔石を拠点において、もう片方を屋敷においているのです。
この為だけに屋敷の一室を改造して通信専用の部屋にしてしまいました。
通信したいときはまず屋敷のオペレータに会話がしたい相手を伝えます。
するとオペレータがその相手の魔石に連絡を取り、相手がでたら魔石と魔石をオペレータが手でくっ付けることによって会話するのです。
シンプルな仕組みで実現してるので、いずれ拠点が増えたり、通信魔石を持つ者が増えると煩雑になり破たんしそうな感じですが、現在はこれでよしとしています。
で、この仕組みで何を始めたかというと、具体的には穀物の転売です。
安い領地で買って、高い領地で売りさばいているのです。
穀物は平均的な相場とは別に、各領地ごとにそれぞれ値段の差異がある事は以前から分かっていました。
分かってはいましたが、今まで連絡と言えば手紙とかしかなく、それだとやり取りに時間がかかっていたのです。
時間が立てば立つほど、相場は刻々と変化していきますからね。
でも通信魔石を使えば連絡は一瞬で済みますよね。
気になる事などが有っても、好きなだけ話し合う事も出来ます。
なので朝いちばんに領地毎の穀物相場を報告してもらい、一番安い所で買って、最も高い所で売るようにしたのです。
まぁ商品やお金は声のようにリアルタイムで送れたりはしないので、ある程度は伯爵家の肩書をつかった信用取引になってしまいますが。
こういう信用が必要になるケースは『王国でもっとも古い伯爵家』という肩書がすごーく役に立ってくれました、はい、本当に。
なにせ歴史の教本にもわが家の名前が載っているぐらいですからね、ご先祖様に感謝です。
現在は利益を大きく、より迅速に輸送するために我が領地で大きな穀物倉庫を建設中でもあります。
本当は穀物だけでなく、より値段の幅が大きな貴金属などの方が良いんでしょうが、あいにくとウチの商会にはその手のノウハウを持っている人物がいないのですよね。
残念無念。
「アルシア、先程からなにニマニマした顔をしているのですか?正直気持ち悪いですよ?」
と、失礼な事を言いながらお姉様が私の目の前にカチャリとお茶をおいてくれました。
「ありがとうございます。じゃ、お姉様もこれをちょっと見てくださいませんか?」
「えっと……えっ!?何これ、この数字は本当に正しいのですか?」
ふふふふ、お姉様もびっくりしていますね。
「勿論ですよ、お姉様。多少の計算ミスはあるかも知れませんが、大きくは間違ってないはずです」
「こんなお金が毎月入ってくるなんて、私はなんか恐ろしい感じがしますよ」
デスヨネー。
私も表面上はニマニマしていますが若干身体が震えています。
でも……。
「まぁ、このままずっと上手くいく、なんて事は勿論ないので、高収益なのはまぁ今のうちだけですよ?」
「あら?そうなの?」
「そうですよ。今ではとても珍しい通信魔石も月日が立てば徐々に市中に出回るでしょうし、そうなったら私達と同じような事をする者たちが必ず出てきます」
「まぁそうよね。簡単に儲けらるんであれば皆、真似するわよね」
「その通りです、そしてそうなれば値段はドンドン平均に近く、均一化していきます」
「すると同じ方法では利益をあげられなくなる、というわけね。アルシア」
「そうなんですよね~。なのでお姉様、我が商会はそれまでに出来るだけ儲けて、また何か考えないといけないのです」
そこでコンコンよノックの音が聞こえます。
「はーい、お待ちになってください」
お姉様はドアへと歩み寄ると外を確認し、
「アルシア。アルジーがお話ししたいことがあるようです」
と、私に振り返りました。
ん?
なんでしょうね?
報告は既に受けていたと思ったんだけど。
まぁいいわ、要件を聞きましょうか。
「お姉様、通してください」
アルジーはいつも通り一礼し、部屋に入ってくると、
「王都にいるウェズから連絡がありました。『近々政府関係者から伯爵様へコンタクトが有るらしい』との事です。どうもすでにウェズへ内々に接触が有ったみたいですね」
「……はい?」
何かの聞き間違いでしょうか?政府関係者?
「ど、、どどど、どういうことですか?」
「アルシア、落ち着いて。さぁ、お茶を入れ直しますから、それを飲んで落ち着きなさい」
そう言ってお姉様は、私の手に砂糖とミルクがたっぷり入ったお茶を優しく手渡すと、私に向かってニッコリとほほ笑んだのでした。