02 伯爵は財産目録を作ります
「はぁ……」
私は大きくため息を吐きました。
何これ?
見なかった事にして表で日向ぼっこでもしていたい気分です。
「ひどいですね、これは」
お姉様もポツリと漏らします。
領地から得られる収入と支出がまったーく釣り合っていません。
恒常的な赤字になっています。
このままでは破たんは待ったなしです。
これでよくこの領地維持出来たわね……どうなってるの?
「アルジー、なんですか?これは?赤字まみれじゃないですか」
「はい、そのようになっております」
「そのようにってアルジー……今までどうやって領地を運営してたの?まさかお父様が病気で臥せっていたのにかこつけて、不正をしていたのではないでしょうね?」
「滅相もありません!私は正式な報酬以外は受け取ってはおりません」
「じゃ、これは何?これが正当な領地運営といえるの?」
「これは前伯爵様のご意向でもあったのです。伝統に基づく領地運営を行っています」
「伝統~?」
「はい、そもそもで言えば、領地の赤字は作物の売却価格は長年上がっていないのに、その他の費用が上がっている事が原因です」
「それが分かっていながらなぜ放置しているのよ」
「ですから、それが前伯爵様のご意向であったと言っています。大きな変革を好まれなかったのです」
「……で、この赤字はどこから補填してるわけ?まさか借金をしてるのではないでしょうね?」
「幸いにしてまだそこまでは至っておりません。補てんは、直近でいえば、前伯爵夫人の持参金で賄っておりました」
「亡くなったお母様の持参金?」
「はい、前伯爵様も前伯爵夫人もお亡くなりになったので素直に言いますが、前伯爵様はその伴侶を持参金の額で選ばれたと聞いております」
うぁ、ホントですか……。
自分の両親のなれそめの真実をしってしまい、ちょっとめげました。
「それだけではありません。ティーナ様も伯爵様――アルシア様も持参金を獲得する重要な手段と思われていました」
……。
今の話でほんのチョッピリですがお父様が亡くなって良かったとおもってしまいましたよ。
「アルジーの話は分かりました。それでアルシア?貴女は伯爵としてこの問題をどう解決するのですか?」
解決っていわれてもさー、お姉様。
もうこれ、詰んでるんじゃないの?
「アルジー、貴方ならこれどうする?」
「どうすると言われましても……。地道に作物の生産量を上げて、支出を抑えるしかないではないかと……」
確かにそれが王道だと思うんだけどさ、正直それだといつ黒字転換するのかが見えないのよね。
なにか、そう一気に問題を解消する魔法みたいな手段はないかしらね……。
そこでふと私は眼の前の机に眼を落とします。
そうだ、この机って超高級品だったわよね。
その歴史だけは王国でも有数の我が伯爵家は代々の当主がため込んだ収集品があったはずです。
それを売れば少なくとも当面の資金源になるかもしれませんね。
「この件は一旦は置いておきましょう。まず最優先で我が家の財産目録を作ります」
「……財産目録でございますか?」
「えぇ、この屋敷には代々の伯爵が集めた収集品があったはずよね?それを売りに出すための準備ですよ」
「ア、アルシア!ご先祖が集めた物を売ってしまうのですか?」
「えぇ、お姉様、現状手っ取り早くお金を創る為にはそれしかありませんよ。領地改革をするにしてもまず資金が必要ですしね」
「で、でも、歴史や文化的に貴重な物が我が家には沢山――」
「あぁ、そういったものは当面売る気は無いです。そういったものはスグにはお金になりません。文化や歴史にお金を出す人は少ないですしね」
「えっ!?それじゃぁ……」
「売るのはスグに高値で売れるもの――貴金属や宝飾品が中心です。たしかお母様もお持ちだったアレもまだあるはずです」
「――ステラ」
そう言ってお姉様は息を飲みます。
それはお母様が良く身に付けていらしたステラと呼ばれる首飾りと耳飾りのセットです。
星光の名を頂いたソレは大小数十の金剛石を、王国でも著名な彫金師が作り上げた物で、いずれはお姉様に受け継がれるはずだったものです。
でもお姉様はもう出家なさってしまったし、私にもそんな華美すぎる首飾りや耳飾りは必要がありません。
それにどうせ、我が家が破たんしてしまえば安価に放出する羽目になるのですから、遅かれ早かれ他人に渡ってしまうものなのです。
「一応、我が家の歴史を示すものなんかは売らないつもりですよ、王家から賜った物などですね」
そういう歴史あるものは売ってしまうよりも博物館みたいな場所に展示してお金を取るのも良いかも知れませんね。
と言ってもそれは将来的なお話ですけど。
その後も私はアルジーと打ち合わせを続け、それが終わると財産目録準備の為にアルジーは部屋を出て行きます。
そして広い部屋の中には二人が残されました。
私と、お姉様です。
「とりあえず今、私に出来るのはこんな所かな?」
「さすがアルシアね。やっぱり私が見込んだ通りじゃない、伯爵は貴女が相応しかったのです」
「とりあえず手を打っただけじゃない……お姉様も分かっていると思いますけど、まだ準備の段階なんですよ?うまく行くかどうかも分からないんですから」
「いい?アルシア。貴女も昔はお父様に期待されていたのですよ。幼少の時から優秀さは見えていましたからね。でもお父様が止めるのも聞かず、急に錬金術なんかにのめり込んでしまって……」
「はぁ……またその話?」
「とにかく!アルシアが本気さえだせば我が家の問題も簡単に解決できると思っています」
そう言って、お姉様はニコリとほほ笑んだのでした。