28 伯爵は報告書を見てニヤニヤとします
その日の事。
私は自身の執務室で報告書を見ておりました。
「ふふふふふふ」
は!?いけないイケナイ!
そう思いつつもついツイ顔がにやけてしまいます。
新製品のポーションドロップやエーテルドロップはすごい勢いで売れています。
もうウハウハです。
まぁ、弱めとはいえ依存性があるので取り立てて必要が無いのに毎日飲む人が急増しているのです。
伝え聞いた話だと、毎朝これを飲まないと身体の銚子が悪い、などど言っている人もいるみたいですね。
とはいえ、これ以上調子にのって販路を拡大すると、なぜこんなに売れているのか、疑問に思う人も出てくるでしょう。
いえ、もう既に水面下で調べ始めてる者たちがいてもおかしくありません。
まぁ簡単にはバレ無いでしょうけどね。
なんてたってウチのアナベラにも教えていないんですから。
アレを見つけたのはホンの偶然でした。
当時、とある実験に行き詰っていた私は、本当に戯れで、たまたま手元にあった今ではあまり使われていない子供向け咳止め薬を錬金術で成分を分離してみたのです。
そしてそこで分離された粉を実験動物に与えてみた所、頻繁に摂取すると共に、行動が活発になる様子が見られたのでした。
ソレをみた私は、いつものように貧民から治験者を募り、与えてみたのです。
すると予想した通り、覚醒作用とともに、強い依存性の症状が出ました。
そして治験者から得られた様々なデータを精査して、身体に影響がでないギリギリの量を調整したものが、各種ドロップになります。
なのでこの成分は私が発見した未知の代物で、少なくとも私が学院に在籍中は論文等で発表された形跡はありませんでした。
本当であれば私が論文で発表する予定だったのですが、その前に自主退学してしまいましたからね。
つまり詰まる事ツマレバ競合製品が出るにしても結構な期間がたってからだろうと思われます。
その利益を元に領内の整備も着々と進行中です。街道の整備が最優先ですけどね。
それがひと段落したら陳情が上がっている、病院などの改革などにも手をつけないとなぁって思っているのですが、こっちは建物だけ新しくしたらよいという問題ではないので一旦棚上げにしております。
そんなこんなを考えていると私の目の前に「コトリ」と音を立てて良い香りがするお茶がおかれました。
「アルシアったらニヤニヤしてどうしたんですか?他人に見られたら色々と誤解されるような顔つきですよ?」
そんな言葉がかけられ、私はその声の主に目をやります。
ソレは勿論お姉様でした。
なぜ出家したのに関わらず、何時もいつも執務室にいらっしゃるんでしょう?
本当に教会に通っているのか、そのうち司祭様を問い詰めなくてはいけませんね……。
そんな事を思いながらも私はお茶に口を付けます。
でも、まぁ良いんですけどね。
お姉様の入れてくれたお茶はとても美味しいですし、お喋りするときも十分息抜きになっているんですから。
でもそれをはっきり言ったりするとスグに調子にのってしまう人なので、直接はいったりしません。
そんな私の思いを知ってか知らずか、お姉様は私をみてニコニコとしていたかと思うとスゥッと私の後ろに回り込んできて報告書を盗み見ると、
「まぁ、凄い売れているじゃない、これを見てアルシアはニヤニヤしていたんですね」
「……えぇ、まぁそんな感じです。なんとかドロップも無事軌道に乗ったようです」
「でもこのまま順調に行くの?このような売れ筋の商品は競合品とか出るものよね?」
「当面は大丈夫でしょう。見た目だけは同じに出来ても、性能は簡単には同じに出来ませんし、購入者の大半は見た目が同じでも性能が同じ出ない限り、ウチの商品を買います」
「そうなの?」
「えぇ、これはそういう物なんです。……一応確認ですけどお姉様は必要も無いのにドロップを服用していたりしないですよね?」
「私?えぇ、してないわよ?アルシアも無暗に取りすぎると身体に毒だから、本当に必要な時以外使わないようにって言っていたじゃない」
「……えぇ、食べ物でも薬でも取り過ぎは害になりますからね。それはポーションでも同じです」
身内がお薬中毒になってしまうを見るのは忍びないですしね。
まぁ相当な量を一度に服用しない限り、致命的な事にはならないように成分を調整していますし、依存性といっても弱い精神依存なので、服用しないとイライラしたりとか少し怒りっぽくなったりとかその程度ですし。
……ちなみにこれ、何らかの原因で重度の中毒になった場合の治療方法の研究とかはしていないのです。
「新製品ドロップはこのままで良いとして、この間作った通信魔石に関してはやっぱり商品にしないのね?」
「アレは生産に手間がかかりすぎますからね。あと鉱山で取れた高純度の魔石に関しても当面は外部に売らない予定です。アレはお金を出せば必ず買える代物ってわけでもないので」
その時部屋のドアがトントンとノックされると、お姉様がドアの外を確認し、
「アルシア、アルジーです。中に入れても構いませんか?」
「はい、入れてください」
私が頷くとお姉様がアルジーを部屋に招き入れます。
「失礼いたします、少しご相談したい事があります。今宜しいでしょうか?」
「大丈夫よ。それでどうしたの?」
「小麦の相場ですが今年もさらに下がると見込まれます。ですので小麦畑をもう少し薬草畑の方に転換されてはいかがでしょうか?」
「あら?そうなの?」
「はい、資料の方にも纏めましたのでこちらもご覧ください」
「どれどれ、そうねえ……。やっぱり小麦を含めた穀物相場は長期の下落傾向に代わりは無しですか。うーん、ではこの件は貴方に任せるわ。ただ小麦と違って薬草は繊細な植物だから小麦のつもりで栽培すると痛い目にあうわ。だから少しずつ拡張しましょう」
「分かりました。要件は以上です、それでは失礼いたしました」
アルジーはそう言って一礼すると執務室を出て行きました
するとお姉様は私の方を向き直り「フフフ」と笑みを浮かべ、
「アルシアもスッカリ領主業が板に付きましたね。もう誰がみても立派な伯爵様ですよ」
そう言って笑ったお姉様は、空になった私のカップに砂糖とミルクがたっぷり入ったお茶を入れ直すと、私に向かってニッコリとほほ笑んだのでした。