25 伯爵は回想をします
結論からいえばメルヴィル達には穏便に引き下がって貰いました。
新しい商品にしようと思っていた物を試供品として提供したのです。
その名はエーテルドロップといいます。
そうです、魔力を回復するエーテルの錠剤版です。
本当はもう少しポーションドロップを広めてから満を持して発表したかったのですが……。
まぁその辺はよしとしましょう。
ポーションドロップについては『現在の所』ダンバー商会以外に卸す予定は無いが、新商品なら別です、と前置きをしてサンプルとして初期生産分の多くを渡してしまいました。
こちらも勿論『依存性』の成分は入っているんですがね。
そんな事も知らないメルヴィルはホクホクした顔で帰って行ったので、商売の邪魔をされたりする事はとりあえずは防げたでしょう。
でも……。
これからもこのような事が無いとも限りませんので、何かしらの対応を検討していた方がいいかもしれません。
はぁ……。
世の中は本当に予定通りにいかない物ですね。
「お疲れ様でした、アルシア」
そう言いながら良い香りのするお茶が目の前におかれます。
そのお茶を入れてくれたのは、そう、お姉様です。
「本当に疲れました……。お姉様の入れてくれるお茶が、私にとって最後の慰めです」
「もう、アルシアったら。お世辞を言ってもこれ以上何も出ませんよ?」
そう言いながらもお姉様は嬉しそうに笑います。
「ある程度お金が回るようになったのは良いのだけれど、仕事もドンドン増えているようなきがするのよね」
「ウェズもアルジー、あとアルシアが連れてきたアナベラさんも頑張っているように見えるのだけれど、まだ人が足りないの?」
「……足りませんね。元々でいえばウチみたいな田舎の領地に優秀な人物が来てくれただけで有り難いレベルですけど」
そう言って私はじっとお姉様をみつめました。
そう言えば、ここにいつも暇そうにしてる方が一人いらっしゃいますね。
すると、私の視線に気が付いたのかお姉様は私に向かってニコリと微笑むと、
「私は既に神に仕える身ですから、アルシアのお願いでもほんの僅かなお手伝いしか出来ませんよ」
などどおっしゃるではないですか。
私はそのお姉様の発言を聞いて「はぁ~」と大きく溜息を吐きます。
「本来ならこれはぜーんぶお姉様がするはずだった事なんですけど?」
「もぅ、アルシアったらまだそんな事を言って……。そのお話はとっくに済んだはずですよ。私以外に誰がお父様やお兄様方の冥福を祈ってあげるのですか?」
そう言って如何にもわざとらしく神に祈るポーズをとるお姉様。
もぅ、都合が悪くなるといっつもそう言って逃げるんですよね。
「そういうわりにはいっつも我が家にいますよね」
「えぇ、でもそれは司祭様もお許しになっている事です。いくらアルシアが伯爵でも口を出せる事ではありませんよ。それに……」
そう言ってお姉様はいつになく真剣な顔になると、
「アルシア。貴女はなぜ実力を隠そうとするのですか?」
「……べ、別に隠したりなんてしていないけど」
「えぇ、アルシアはいつもそう言いますね。では言い換えましょう。なぜ本気を出そうとしないのですか?」
いつにない迫力でそう仰るお姉様の言葉に、私は押し黙ってしまいました。
「アルシアは何でもそつなくこなせる実力が有りながら、決して自らやろうとしませんでしたね。以前も言ったことがありますが錬金術の事だってそうです。貴女が本気でやろうと思ったのなら、お父様の機嫌を損ねずにやる事も出来たはずですよ」
そんな事言われても……。
それが私の性分なんだからしょうがないじゃない……。
こんな自分でも良く分からない事を口に出せるはずもありません。
だから言い訳も出来ずに口を閉ざすしかありませんでした。
そんな私を見て呆れてしまったのでしょうか?
お姉様は「……ふぅ~」と息を吐くと、
「アルシアを責めているわけではありません。ですが人は変わらなくてはならない時が来ます。貴女もソレをよく覚えておいてくださいね。ではこのお話はお終い。お茶がスッカリ冷えてしまったでしょう?今から入れ直しますね」
そう言いながらお姉様はコポコポと小気味良い音を立てながら新しくお茶を入れてくれたのでした。
§ § §
仕事がひと段落した私は、私は自室のベッドで寝ころびながらぼーっと考え事をしていました。
お姉様の言葉が頭の片隅から離れません。
お姉様はそういうけれど、人なんてそうそう変われるわけがないじゃない。
そうよ、お姉様だって、私に伯爵なんて物を押し付けて自分は逃げたくせに……。
けど……。
私の事を一番理解してくれるのは、やっぱりお姉様なのよね。
昔から私が怒られる度にかばってくれたのはお姉様です。
お母様は私が小さい時に亡くなった物だから、母親代わりになってくれたのかもしれませんね。
私が始めて錬金術に興味を持った時も、唯一応援してくれたのもお姉様だけでしたね。
お父様の気に入らない学問に興味を持ったのも、最初はお父様への当て付けもあったかもしれません。
まぁ、いろいろあって関係はこじれにこじれ、結局は家を追い出されるように隣国へ留学となったのですが。
それでも私を留学させるようにお父様を説得してくれたのもお姉様でしたね。
「お姉様……私の……ただ一人の家族……」
私は睡魔の為、薄れゆく意識の中、そう呟くと深い眠りに落ちてしまったのでした。