23 伯爵は領地に戻って思案します
スタッフォード侯爵領から帰ってきて二十日程立ちました。
お話は割と上手くすすみ、今は正式な条件についてつめているところです。
無料で顧客に配った所、わりに高評価だったとの事。
当然です、なにせ私が手ずから作ったのですからね。
まぁ、量産バージョンはアナベラに任す予定ですが、試供品の方は私が作らせて頂きました。
たまにはこうして錬金術に触れないと腕が落ちてしまいますからね。
恩師も『研鑽を怠れば腕はスグに錆びついてしまう』と言っていましたし。
というわけでダンバー商会との交渉は継続中であり、ウェズに頑張ってもらっています。
私はというと、決済が必要な書類をせっせと片づけておりました。
そしてようやっとひと段落ついたところで、
「アルシア、お疲れ様でした」
お姉様がそう言って、目の前に良い香りのするお茶をおいてくれます。
……何時もながら、タイミングがドンピシャですね。
じっと監視してお茶を出すタイミングを見計らっているのでしょうか?
私はそんな事を思いながらもお茶に口を付けました。
「お姉様、ありがとうございます」
私はお茶を飲みながら、再度アルジーが提出した収支報告書に目をやります。
ふむ、やっぱりポーションは良い値で売れるみたいですね。
さすが、錬金術師の飯のタネな事はあります。
アナベラが創り出すポーションは思いの他品質が良いのです。
それを商店に卸すだけで、お金がポンポン入ってきます。
現在は王都のみでの販売ですが、話が纏まり次第、スタッフォード侯爵領でも販売も開始されます。
そうすればそちらでも多くの利益が見込まれるでしょう。
私は、引き出しを開けて三種類のポーションドロップを取り出します。
一つはダンバー商会に試供品として渡した物で、あとの二つはまだ市場に流通してない物です。
一番色の薄い――試供品として渡したものは一番効果が落ちる安価な物で、これは庶民向けをイメージしています。
そして一番色の濃いものは貴族などの上流階級向け、中間色のものは裕福な上層中流階級向けです。
色が濃ければ濃い程、ポーションとしての効果が高く、そして依存性があります。
と言っても肉体的な依存性は無く精神的なものです。
まぁタバコなどと同じ効果ですね。
意思の強いものであれば容易に抗えるようなものですし、もし服用を止めても『肉体的に』なんら異常が出るものではありません。
えっ?取り過ぎた場合ですか?
薬である以上、過剰服用は当然影響があります。
が、かなりの量を一度に服用しない限り大きな影響が出ない事は私が学院に在籍していた時代に行った『治験』によって確認されてます。
まぁ、その限界量を確かめるために用意した治験者はちょっと可愛そうな事になってしまいましたが、命には別条が無かったのでよしとしましょう。
というわけで、このポーションドロップは売れる事がほぼ確約されているのです。
まぁそれでも当面の販売先はダンバー商会のみになってしまいますが、その辺はウェズの交渉に期待しましょう。
後は、作物の換金ですね。
私の錬金術によって土壌は改善され収穫量は増えましたが、残念ながら穀物は収穫量が増えれば増えるほど値段が下がる、という一面も持ち合わせています。
現に王国全体の穀物量は年々増加傾向に有りますが、反面、値段は下落傾向にあるのです。
なので薬草の栽培面積を広げつつ有りますが、残念ながら私もアナベラも薬草の知識は有りますが、栽培については素人なため試行錯誤しながらになってしまいます。
まぁ学院にいたころは薬草は買うものであり、自ら栽培するものではなかったですからね。
その辺りは時間かけてやるしかないのでしょう。
と言っても収入が増えた事を喜んでいる場合でもありません。
支出もそれなりに多いのです。
ウェズの計画にそった公共事業として道路整備を行っているのですが、やっぱりお金がかかりますね。
必要な事は分かっているのですが、これは成果として目に見える効果が出るまでにはどーしても時間がかかってしまいます。
まぁ私もアナベラも自前でゴーレムを作り出せるので、完全人力でやるよりはましなのですが……。
ゴーレム製作や領内の整備費用にかかる支出を考えると、とてもとても余裕がある経済状況とは言えないのです。
「うーん、やっぱり錬金術師がたりないなぁ」
ポツリと呟いた言葉にお姉様が反応します。
「あら?そうなのですか?ダルランさんだけでは不足ですか?」
「アナベラも頑張ってはいるんだけど、どうしたってあれもこれもって出来るわけじゃないわ。それに彼女は手順を重視する方だし急がせるのは向かないのよ」
まぁこれは良しあし何ですけどね。
アナベラは作業の前に準備などをしっかりするお陰で、失敗も平均より少ないのです。
私なんかは手順をいかに省くかとか考えちゃうんだけどね。
そのせいで、省く過程で失敗もそれなりに多いのです。
と言っても絶対に失敗できない様な状況ではアナベラ以上の成果を出す自信はあるんですが。
「ダルランさんみたく、また共和国の賢者の学院からスカウトしてくるわけにはいかないの?」
「うーん、それも、今は難しいかな……」
基本錬金術師はお金には困っている人がいません。
なぜならお金に困ったらポーションなどの薬品を作っている『だけ』で生活が成り立つのです。
私の所に来ても今はポーションなどをひたすら作るだけであり、それならば自分でやった方が良い、と考える人も多いでしょう。
自分でやれば利益は全部自分のものですからね。
アナベラみたくチョロイ――友情に厚い人は中々いないのですよ。
「そうなのですか、わが国でも賢者の学院みたいな錬金術師が集まる学校があれば良いですのに」
学校か、それも悪くないかも。
伯爵領にも学校があったら……。
でもそうするにも先立つものが無いのよねぇ。
「はぁ……」
「アルシアも慌てる事ないわよ、貴女はよくやっているわ。なのでもっとゆっくりやっても良いの」
そう言って笑ったお姉様は、空になった私のカップに砂糖とミルクがたっぷり入ったお茶を入れ直すと、私に向かってニッコリとほほ笑んだのでした。