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22 伯爵は商人と渡りあいます

 登場人物紹介


 アルシア・モリナ……主人公。錬金術師。急死した父や兄に代わりシュルーズベリー伯爵を継ぐ。十六歳。

 ティーナ・モリナ……主人公の姉。父や兄の冥福を祈る為に出家した修道女、という事になっているが、伯爵を妹に押し付けるために出家したのが真相。十八歳。

 ウェズ・エンドア……モリナ商会の番頭的役割。スタッフォード侯爵の末子。身分の低い娘と駆け落ち結婚をして侯爵から勘当される。

 アナベラ・ダルラン……主人公の学院時代の友人。錬金術師。主人公に良いように使われる役割。

 ヒック・ダンバー……スタッフォード侯爵領で一、二を争うダンバー商会の代表。






§ § §






 その日の事。

 私は北方にあるスタッフォード侯爵領に来ていました。

 初めて訪れる場所です。

 さすがに北方一の都市だけあり、私の領地とは違った華やかさがあります。

 ウェズは王都を二回りぐらい小さくしたような場所と言っていましたが、そんな感じですね。

 馬車はカタカタと小気味よい音を立てながら、街中を走りぬけています。

 私は初めてくる場所という事もあり、窓に顔を寄せて流れる風景を見ていたのですが。


「もぅ、アルシアったら、伯爵とも有ろう者がはしたないですよ。そんな所はまだまだ子供よねぇ」


 などど失礼な口を聞いてくる者が一名。

 私は「はふぅー」と溜息を吐きながらその人物に振り返ります。


「私は初めてきましたからね、珍しいのですよ。お姉様は来たことがあるのですか?」


「私はありますよ、お茶会(アフタヌーンティー)に呼ばれたことがあるのです」


 そう言って憎たらしくニコリと微笑んだのです。


「へー」


「お父様がまだ元気だったころは、私の知らない所で色々な社交界への出席を勝手に約束をする事が多かったのよ。……今にして思えば私にお父様にとって都合の良い結婚相手を見つける為だったのでしょうね」


 あー、はいはい。

 それは相手の持参金目的ですね?わかります。

 お姉様は私の目から見ても美人ですしね。

 お姉様を餌によい相手カモを釣りあげようとしていたのでしょう。


「伯爵、そろそろ着くようです」


 その声で私は再び馬車の窓を覗き込みました。

 大きなお屋敷が見えます。

 そして私を載せた馬車がゆっくりと速度を落とし、玄関の前で完全に動きを止めました。

 と言っても、スグに降りるような事はしません。

 面倒な事ですが、伯爵ともなると馬車を降りるのでもそれなりの手順があるのです。

 私は馬車に据え付けられた鏡で自分の姿を見て、服装に乱れが無いかどうかを確認します。

 ……よし、大丈夫ね。

 そして、外から馬車の(ドア)がノックされると、同乗していたウェズが先に降りました。

 次はお姉様がウェズの手に支えられながら馬車を降ります。

 そして最後が私です。


「うんしょっと」


 私もウェズの手を支えにして降りますが、思わず年寄臭い声が漏れてしまいました。

 そして目の前の建物を見上げます。

 これは結構な大きさですね。

 この感じは……昔は古い修道院(アビー)で、それを今の持ち主が手に入れたという感じかな?


「爵位は無いって聞きましたけど、これはかなり大きなお屋敷ですね」


 私が思っている事をお姉様が直接代弁してくれました。


「えぇ、この(アビー)の主人は侯爵領でも大きな力を持つ商人です」


「ウェズとこの(アビー)の主人はどのような関係だったのかしら?」


「……彼の息子とチャーターハウス学院で一緒だっただけです。そのツテを頼りました」


「なるほどね。でもそれが役に立つのだからこれもウェズの実力のうちよ」


 ウェズが事前に私が訪れる事の先触れを出していたおかげでしょうか?

 使用人が多数立ち並び、私を出迎えてくれました。

 そしてその居並ぶ者の中から一人の少しばかりお年を召した男性が私に歩みよると、


「お待ちしておりました。シュルーズベリー伯爵とその姉上、レディ・ティーナ様とお連れの方ですね。主人がお待ちです。ご案内いたします」


「では、案内を頼みます」


「はい、こちらへどうぞ」


 そして男性について歩きだします。

 ふーん。

 私は歩きながら内装にも目をやります。

 華美では無いけれど、なかなかじゃない。

 王都で一時流行ったとされる、王国外からもたらされた大きな香炉からは淡い香りを含んだ煙が立ち上り、置いてある調度品も、時流からは幾分か古めかしいものの、高級品と思わせるものばかりです。

 そして流れるように玄関ホールから階段、控えの間から一室に案内されます。

 ひと際立派で荘厳な(ドア)の部屋。


「こちらで主人がまっております。どうぞお入りください」


 その(ドア)を開いて部屋に入ると、部屋の中央にはどっしりとした立派な(テーブル)が備え付けられています。

 そしてその傍に設置してあるソファーには一人の男性が。


「お初にお目にかかります。私がヒック・ダンバーです」


「私がシュルーズベリー伯爵アルシア・モリナです。こちらは私の姉であるティーナ、そっちがウェズです」


「おかけください、伯爵。飲み物をご用意させます」


 そう言ってダンバーは側仕えの者にあれこれ指示を出し、ほどなくして目の前にお茶がおかれました。

 とりあえず礼儀として一口つけましたが……。

 こう思ってしまうのは癪ですが、お姉様が入れてくれたお茶の方が美味しく思えますね。

 私はおもむろにお茶を(テーブル)におくと、早速本題に入ります。


「本日は、お忙しい中こうして面会くださり嬉しく思います」


「……そんな事はありません。私としましてもシュルーズベリー伯爵自らが出向いて頂き、大変名誉な事です」


 そう言いながらもダンバーは鋭い眼光で私をじっとみつめている……ように思えます、気のせいかもしれませんが。


「本日はシュルーズベリー伯爵としてではなく、モリナ商会の代表として参りました」


「そういえば、新しく商会を立ち上げたとか。息子からそのような話を聞いております」


「えぇ、まだ吹けば飛ぶような商会ですが」


「それで、そのモリナ商会が私になんのご用事ですかな?」


「わたくしどもの商会はポーションなどを扱っております。是非、そちらの商会でも扱って貰いたい、と思いまして」


「ふむ、ポーションですか。確かに需要は有りそうですね」


 そしてその後に「ですが」と続ける。


「ポーションであれば我が商会でも既に取り扱っており、今までの生産者とそれなりの付き合いがございます。確かに需要はありますが、そちらとの関係を壊したくはないですね」


 ……まぁ、そうよね。

 このダンバー商会はスタッフォード侯爵領でも有数の商会と聞きますし、そのような商会であれば当然、今までの関係を壊してまで私達のポーションを取り扱うかは微妙な所です。

 なので。


「えぇ、ですのでそちらに扱って貰いたいのは、既存のポーションとは違う、新しい製品です」


「ほぅ……」


「この度、共和国から新しい錬金術師を雇いました。その者はあの高名な賢者の学院出身であり、学院では名の知れた優秀な人物です」


 まぁ、少し盛っていますが嘘はいっていませんよ?

 アナベラの名前は私の決闘の立会人になった事で学院では知られていますし、錬金術の同期では、私の次に優秀な人物だったのです。


「…そういえば、伯爵も賢者の学院に留学されていたとか」


「えぇ、その時知己になったのです。それでその者が開発したものがこれです」


 私が促すと、ウェズはその商品を取り出し、(テーブル)の上におきました。


「……これは?」


「これは私の商会が新たに開発したポーションと同等の効果がある薬品『ポーションドロップ』です。この丸薬は水薬であるポーションと同等の効能があります」


 実はこれ、私のレシピを元にアナベラが作ったものなんですけどね。

 水薬のポーションと違って携帯しやすく、おまけに回復量も一割増になっているという優れモノです!


 ダンバーはソレを手に取ってじっとみつめたり、匂いを嗅いだりしています。

 そして言いました。


「……確かに、これは普通のポーションと見た目からして違いますね。ですが、これは本当に安全なのでしょうか?人が服用する以上、危険があってはなりません」


「これは昨日今日発明したわけではありません。賢者の学院で治験を繰り返しており、安全は立証済みです」


 まぁこれは本当です。

 私自身が服用しても良いと思える程度には安全が保証されています。

 と言っても本当の意味で100%安全か?と言われると疑問符が付くのですが、それでも99.9%は安全でしょう……たぶん。


「なるほど。しかし、それを多くの人が果たして信じてくれるかは疑問符がつきますね。なにせ今までのポーションとあまりに見た目が違いますから」


「それはその通りです。ですのでまず最初に一定数を無償で卸させて頂きます」


「ほぅ……」


「それをダンバー商会の方で、貴方方が選んだ相手に無償若しくは安価に試して頂いてください」


「本当にタダでばらまいてしまっても宜しいので?」


 少し驚いたように聞き返すダンバー。

 まぁポーションは需要が高く、それなりの値段がしますからね。

 それと同等の効果があるという触れ込みの『ポーションドロップ』を無償で提供する、という私の提案にはそれなりのインパクトが有ったようです。


「えぇ、その辺りは初期投資と割り切っております。私達の商会は実績が殆ど無く、ダンバー商会との信頼関係もありませんから」


「……なるほど」


「私どもからの提案は以上です。ぜひ良いお返事が頂けることを期待しておりますわ」


 そう締めくくりながら、私は余所行き用のスマイルをダンバーへ向けたのでした。

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