19 伯爵は商会を立ち上げます
その日の事。
今は私の館であるシュルーズベリー・エステイトの執務室で私は複数人と向き合っていました。
「商会でございますか?」
アルジーがそう言って怪訝な貌をします。
「えぇ、そうよ。ポーションなどを販売する商会を作ろうと思うの」
「なぜ商会を作る必要があるのでしょう?農作物と同じようにそのまま商人に売り渡せば宜しいのではないでしょうか?」
「王都に販路を持っている商会に卸すだけならそれでも良いけど、将来的にはウチ独自で販売までやりたいと思っているのよ」
アルジーやウェズはお互いの貌を見合わすと、一様に首をふります。
「商会となりますと私たちでは手が回りません。経験や伝手などが不足しています。やめておいた方が宜しいのでは……」
うーん。
二人とも反対みたいね。
でも卸だけだと利益面でイマイチなのよね。
だって彼らは錬金術師から仕入れた薬を二倍ぐらいの値段で売ってるんですもの。
どうせ作るなら出来うる限り高く売りたいじゃない。
「まぁ、私もスグに王都で販売まで出来るとは思ってないわ。けどね、あくまで目標はそこに置きたいのよ。当面は卸だけやるとしても商会という枠組みをまず作って、農作物も含めて販売は商会で一本化しましょう」
「左様でございますか」
「それでね、とりあえず商会のトップはウェズにお願いするわね」
「……私に?」
「えぇ、ただし定期的な報告をアルジーか私にお願いするわ」
ウェズは王国陸軍にいた時は兵站担当士官だったというお話ですから、こういったやり取りについてはアルジーよりもふさわしいでしょう。
「了解したしました。それで、今までの私が任されていた副領地管理人については?」
「それも今まで通りウェズにお願いします」
それを聞いたウェズは一瞬眉を動かしましたが、
「了解いたしました」
と言ってくれました。
……だって、任せる人がいないんだから仕方ないじゃない。
うーん、やっぱり人材不足は深刻ねぇ。
誰にでも任せられる仕事じゃない事がネックなのよね。
「まずはポーションや薬草を中心に商人へと卸す所から始めます。今までウチの領地から取れた農作物を買ってくれていた商人がいるでしょう?最初はそこのツテをうまく頼りましょうか。勿論ウェズがよりよい販売先を見つけられればそちらでも良いわ」
「了解いたしました」
「試供品が必要であればアナベラに要求してね」
そして私は先ほどから一言も発してないアナベラに貌を向けると、
「そういう事だから、アナベラ。要求があったらサンプルを提供してあげてね。後は私が考えた改良型のレシピも渡すから、そっちも作ってみてちょうだい」
「別に良いけど、改良型って?」
「あれ?アナベラにはまだ見せた事なかったっけ?……教授には一度見せたんだけど、材料を濃縮して、水薬と同様の効能の丸薬を調合する方法よ。退学しなければ次の論文のテーマにする予定だったんだけどね……」
「前にも聞いたかも知れないけれど……アルシアのオリジナルレシピでしょ?私に渡しちゃってもいいの?」
「……別に良いわ。アナベラをウチに呼んだ以上、信頼するのは大前提なんだから。レシピぐらいはどうってことないわ」
と言いながら私はアナベラに向かってニコリとほほ笑みました。
口ではそう言いましたが、残念ですがアナベラをまだ完全に信頼したわけではないのです。
渡すのは下級レシピで様子を見る予定なので大丈夫なのですよ。
でもそんな事は勿論口に出して言ったりはしませんけどね!
「そう……。その……アルシア、ありがとう……」
そう言ってアナベラは貌を赤らめて眼を伏せます。
アナベラは口ではなんだかんだ言いながらも、私に好意を持っているのは明白なので、こうやって優しい言葉をかけてあげればガンバッテくれるでしょう。
そして私は再びウェズに向き直ると、
「そういう事なのでウェズは早めに商会を設立する手続きをお願いね?最低でも法律上の問題は全てクリアにして頂戴。資金面の問題はアルジーに相談を」
「了解いたしました」
「アルジーは資金面で出来るだけ優遇してあげてください。……そうね、資金だけでなく、手が空いたらウェズを手伝ってあげてね」
「伯爵様は簡単に仰いますが、私はこれでも忙しいのです。……しかしながら伯爵様の命とあれば否応もありませんな。ご期待に添えるようにしましょう」
「では皆さん、宜しくお願いね。なにか手に負えない問題が起こったらスグに私へ連絡を」
言い終えた私は、『パン』と手を叩くとその場は解散にしたのでした。
それに伴い、出て行くアルジーたち。
そして部屋に残ったのは私だけ……ではなく。
「で、お姉様はなぜここにいらっしゃるのですか?」
そうです。先ほどからひと言も発する事は無く、お姉様が部屋の一画でお茶を飲んでらしたのです。
「あら?だってアルシアの頑張っている姿をちゃんと見ておきたいじゃない」
と、優雅な動作でお茶に口を付けながらそうおっしゃるではありませんか。
「……お姉様はどう思うの?」
「どう思うって何を?先ほどのご商売のお話?」
「そうよ、やっぱり伯爵家がするような事じゃないと思ってる?」
「うーん、私にはよくわからないけれど、アルシアが必要だというのなら必要なんでしょうね……」
そう言って、お姉様は可愛く首をかしげます。
「はぁ……。お姉様は物分かりが良いのか悪いのか。さっぱりわかりませんね」
「まぁ。だって私はアルシアみたく頭が良くありませんから。……でもね、アルシアは知らないかもしれませんが社交界でもお金にまつわる話は有ったのですよ」
「そうなの?」
「えぇ。誰々卿のはぶりが良いのでお近づきになりたいだとか、何処どこの貴族が領地を手放しそうとかね。……お金に苦労してらしたのはお父様だけじゃないって事よ」
「……そうなんだ」
「だからアルシアがご商売をして、お金を得ようとするのは別に間違ってないと思うわ」
そう言って肩をすくめて笑ったお姉様は、砂糖とミルクがたっぷり入ったお茶を一気に飲み干すと、私に向かってニッコリとほほ笑んだのでした。