17 伯爵は懐かく感じる領地へ
その日の事。
共和国での様々な用事がやっと片付いた私は、私の領地であるシュルーズベリーへと帰りつきました。
本当はもぅ少し早く帰り着くはずだったのですが……。
不意のお姉様来訪で予定より滞在期間が延びてしまったのです。
そして帰国した私を待っていたのは沢山溜まった書類の山でした……。
勿論アルジーやウェズがサボっていたのではありません。
が、私の最終確認や認可を必要とする案件が溜まっていたのです。
領地へと帰還した私へアルジーたちはそれらの書類をニコニコしながら押し付けてきたのですよ。
ねぇ、どうゆう事なの?もし嫌がらせだったらひどくない?
と、一度はガツンと言ってみたのですが、
「何を仰っているのですか?予定日よりも一週間以上遅れて帰国したのは伯爵様の都合でございますよね?」
などなど、次々と反論が帰って来たではありませんか。
……それはお姉様の観光に付き合ったせいで、私の意思では無いのですが……。
予定になかったお姉様の行動のせいで、すっかり私の予定も狂ってしまったのです。
ひどいよ!私も被害者だよ!
そう思いながらも口には出さず、私は優雅にお茶を飲んでいるお姉様を無言でじっと睨みつけましたが、
「あら?私に黙っていってしまったのはどなたですか?アルシア。残されたたった一人の肉親が不意にいなくなったら心配するのは当然じゃありませんか」
などど、何も言っていないのに私の心を読んだようにしれっと言ってくるのです。
ぐぬぬぬ。
確かに、そう言われたら、そうかも知れないけどさ。
言ったら言ったで絶対ついてくるでしょ、お姉様は……。
そんなわけで私は帰国して以来、せっせと政務に励むこととなったのでした。
§ § §
「アルシア、薄々分かってはいましたけど、貴女の領地ってすっごい田舎ね」
通常、他人の家を訪問するのは午後に入ってから、というのは王国の慣例なのだけれど、それは隣国からきたアナベラ・ダルランには預かり知らぬ風習みたいね。
なんと、アナベラが私の屋敷を訪問してきたのはまだ朝食も済んでない様な朝っぱらですよ?
アナベラが領地に来ることを承諾した旨を手紙で伝えた結果、アルジーたちが用意したのは私がお父様から与えられていた屋敷にほど近い場所にある別宅でした。
とりあえずの仮住まいとしてはまぁ十分でしょう。私が使用していた錬金術の実験機材もそのままですしね。
そこから朝の散歩がてらにそのまま会いに来たようなのです。
「おはようアナベラ、こんな朝早くに何かと思ったら、あいさつより先に第一声がそれなの?」
と言っても、まぁその言葉は予想の範囲内ですね。
私の領地は自他ともに認める田舎なのです。
ずぅっと農地や牧草地が広がっているだけですもんね。
散歩と言っても早足で来たのか、若干汗ばんだ様子です。
「あぁ、おはようアルシア。……まぁ事前に聞いていた通り風光明媚と言えなくもないけどさ……」
「そうよね、私は嘘は言っていないはずよ」
「これじゃ新しい産業も起こしたくなるわね。それで私のポーションなんだ」
「まぁそうね。アナベラみたく錬金術の腕が一流で、それにおごらず仕事をきっちり果たそうとする人は貴重なのよ」
「……私の腕をそこまで言ってくれるのはアルシアぐらいだけどね。教授は貴女の事しか見えてなかったわ。私なんて貴女の近くにいるから覚えててくれたような感じ」
「あまり恩師の事を悪くは言いたくはないんだけど、あの方の視野も広いとは言えませんでしたから。アナベラのように地道に、だけど確実に物事をこなしていく人の価値は見えにくいものなのよね。」
「……アルシアは私に価値を認めてくれるの?」
「勿論よ、だからこそ恩師より先に真っ先にアナベラに会いに行ったんじゃない」
「……フン。どうせそんな事を言って、私を都合よく使うつもりなんでしょう?アルシアの魂胆は分かっているんだから」
「あら?そう思うの?」
「でも、今回はソレにのせられてやるわ。アルシアが行うという新事業、手伝ってやろうじゃない」
「まぁ、うれしいわ、アナベラ」
そう言って私はアナベラの手を取りニコリとほほ笑むと、お互いにじっと見つめ合って……。
どちらからともなく『ぷっ』って噴き出してしまいました。
「『まぁ、うれしいわ』じゃないでしょ?私の機嫌を取る為だっていってもやり過ぎよ」
「あははははは、やっぱりわかっちゃった?」
「……ったく。当たり前でしょ?アルシアとは二年も付き合っているんだから。貴女が時々こうやって調子よく持ち上げて人を思い通りに動かそうとするのは何度も見た事があるのよね」
呆れたようにアナベラは言います。
でもね?その通りに動いたのは貴女が一番多いんですよ?
「あら?そうだっけ?」
「のせられてはやるけど、私も自分の才能を安売りする気はないから、それだけ覚えておいてね」
「それは大変ですね。お手柔らかに、そして成果をきたいしますよ」
その私の言葉を合図にしたように、アナベラは自分に出されたお茶を一気に飲み干して、
「まぁ、見てなさい。……でもね、アルシア。本当に何もかも貴女の思い通りになると思ったら間違いだからね」
アナベラは捨て台詞のようにそう口に出すと、衣服の裾を翻して帰って行ったのでした。