16 伯爵のお姉様は今
その日の事。
私は街をブラブラとうろついていました。
隣国である共和国の首都は、首都だけあり華やかです。
整備された街並みは碁盤目条に道が走っていて、中央には国政の中心地足る元老院あります。
私の通っていた賢者の学院を始めとして各種の行政をつかさどる施設はその周辺に広がっているのよね。
私の領地の田舎っぷりに比べるのもおこがましいほどの大都会です。
と言っても国力的には王国の方が上だと思っていますが、力の差はそう大きくないでしょう。
王国のライバル国家の筆頭として挙げられるのが共和国なのです。
そんな街中を私は手を引かれるままに歩いています。
え!?誰にですって?
それは――。
「ねーねー、アルシア、あの建物は何なの?」
「あれはリュクサンブール宮殿ですよ、お姉様。かつていた国王が住まわれた宮殿ですね。今は元老院がはいってます」
「そうなんだ、王国の宮殿とはやっぱり趣が違うわね」
……そうです。お姉様に連れられて歩いているのです。
おかしいですね?私はお姉様なんて連れて来てませんよ?なぜここにいるんでしょう?
言えば絶対付いてくると思った私は、お姉様が教会に行っている間にコッソリと王国を離れたはずなのに……。
なぜか突然私が泊まっているホテルまでやって来たのですよ。
しかもたった一人だけ侍女を連れてですよ?
お姉様はお父様が生きている間は割と箱入りで、勿論外国なんかに行ったことなどなかったはずです。
突然のお姉様の来訪を驚く私を後目に、お姉様は私に観光の案内人を要求し、こうしてお姉様が主体の観光が始まってしまったのです。
傍からみると仲の良い姉妹が楽しくしてるように見えるかも知れませんが、私は内心ではとてもとても疲労しています。
お姉様は時折、ふらふらっと眼についたお店に入っては、品物をみてあーでもない、こーでもないと言いつつ、試着しては似合うかどうか聞いてきますね。
そこで私は「とってもお似合いですよ、お姉様」と言ってあげると、とっても喜んでくれました。
……と言うよりも、それ以外言ってはいけないのです。
いちどつい「あまり似合いませんね」と言ってしまったところ、大変な眼にあったのでもう言いません……。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、
「アルシア、さっきからなんか元気ありませんね?どうかしたの?」
などと聞いてきます。
お姉様が急にいらっしゃったからですよ!ちゃんとおいてきましたよね?
と、言う台詞が喉まで出かかりましたが、スンでの所で飲み込みました。
「共和国に来てから、いろいろありましたので少し疲れているのかもしれません」
「そうなんだ、無理しちゃダメよ?アルシアは私たちの領地の大事な伯爵様なんですからね」
お姉様は笑顔を崩すことなくそう言います。
そしてお姉様は、田舎から出て来たお上りさん宜しく辺りをキョロキョロと見回しながら眼を輝かせているのです。
きっと王国との違いに、全てが新鮮に見えるのでしょうね。
「共和国も結構活気がありますね」
「そう?王国の首都とそう変わらないと思うけど」
「うーん、革命で国王を処刑した国だって聞いていたから、どんなにすさんだ国かとずっと思っていたのよね」
そしてお姉様はまた辺りをきょろきょろと見回すと、
「街も活気があるし、道行く人たちの表情も悪くないわ。王国と変わらないのね」
「まぁこれでも王国の第一のライバル国家ですものね、見た目は王国とそうは変わらないとおもいますよ」
「でも先程食べた食事――お菓子は絶品だったわね、そこは王国以上だと思うわ」
はい、それは私もそう思います。
共和国の食事は王国以上で有る事は疑いようのない事実だと思うのです。
まさか諸外国の平均がこれで、王国の食事が平均以下って事はないよね……。
私も外国は共和国しか知らないのではっきりとはわかりません。
「私も、先ほどのお店の支店を領地に欲しいんですけど、今の段階では夢のまた夢でしかないんですよね」
「あら、アルシア、それは良い考えね!そうすれば毎日あのお菓子が食べられるじゃない」
「お姉様?それはあくまで将来的な夢ですよ?お姉様もご存知の通り、今のウチはそれどころじゃないんですから」
「もぅ、アルシアったら夢の無い事言わないの。私だってそんなことぐらいわかっております」
そう言ってお姉様は貌を膨らませます。
「それはそうと、貴女の学友の方はうまくスカウトできそうなの?」
「それはまだ何とも、私の領地を見てから検討したいって言っていたわね。なので王国に戻る時はその人――アナベラ・ダルランも一緒に同行しますから、お姉様も機嫌を損ねない様に注意してくださいね」
「ダルランさんと仰るのね?わかった、うまく機嫌を取って見せるからアルシアは安心して良いわよ」
本当に~?
お姉様はやけに自信満々ですが、若干の不安は残りますね。
余計な事はしてくれなければ良いけど……。
そんなこんなを思っていると、
「あ、アルシア、あそこに行ってみましょう!」
そう言ってお姉様が大きな建物を指さし、私の手をつかみながら足早に移動していきます。
はぁ……。
お姉様専属の観光ガイドとしての私の仕事は、当分終わりそうにありません。
トホホホ……。