15 伯爵は再び学院へ、恩師がまってます
その翌日の事。
私は前日のように学院へ向かいます。
勿論恩師へご挨拶する為です。
昔は毎日潜っていた門を通り抜け、勝手知ったる恩師の研究室へと向かいます。
そして部屋の前に立つと、服装を手で整えてからコンコンと扉をノックしました。
「入っていいぞ」
と、懐かしい声が返ってきます。
「失礼いたします」
と声を掛けて、私は扉を開けました。
そこには乱雑に資料が積まれた机とそこに付随するように一人の男性が椅子に腰かけています。
男性は私の貌を見るとニヤリとした表情になり、
「おぉ、アルシア。久しぶりだな、待っておったぞ」
「……教授、ご無沙汰しておりました」
「遠路はるばるよく来たな。碌なもてなしは出来んが、まぁ座りなさい」
「はい、それでは失礼いたします」
と、私は一礼して手近な席につきます。
久しぶりに教授の貌を見たけど、ちょっと老けた感じがするわね。
「息災か?錬金術の研究は続けておるか?」
私が席に着くなり教授は問いかけてきます。
「えっと……おかげさまで元気ですよ。ただ、錬金術の方は最近ご無沙汰気味ですが」
「なんと!日々の研鑽を怠るなと私は常々言っておっただろう、いくらお前が優秀でもな、研鑽を怠れば腕はスグに錆びついてしまうのだぞ?」
そんなこと言われてもねぇ……。私も早いとこ実験を再開したいよ!
という台詞が喉まで出かかりましたがぐっと堪えます。
……教授にそんな事言ってもしょうがないもんね。
「それは私も肝に命じておりますが……なれぬ領主業というものはなかなか忙しくて、その時間が取れないのです」
「そうか……それもそうかも知れんな」
「他のことなど考えず、教授と共に討論していた日々が遠い過去のような出来事に感じる毎日です」
「そうか、アルシアもか。私もお前が居なくなってからはそう感じておった」
そして教授は一瞬だけ口ごもると、
「まったく、理事会の連中めが。つまらない理由でお前の事を放校処分にしようとするとはな。結果的にはお前の自主退学という形にはなったが、一生徒の片方にのみ責任を負わそうとするとは……」
「……アナベラからも聞きましたが、本当にそんな動きが?」
「あぁ、そうだ。聞けば決闘を持ち掛けたのは向こうからと言うではないか、それなのにお前だけのみ責任を負わそうなんてな。栄誉ある賢者の学院の理事会が聞いてあきれる」
「まぁ、私も悪かったのですよ。イラついていたとはいえ彼の申し出に乗ってしまいましたからね。今思えば冷静さを欠いていたようです」
「……まぁ、最初に聞いた時は普段のお前らしからぬと思ったがな。しかしお前はまだまだ若い故、そんな気分のときも有ろうよ」
「教授にそう言っていただきき恐縮です」
「しかしながら結果的に自主退学となったのは幸いであったな。放校処分では再入学は認められんが、自主退学ならその眼はある。……いずれこの件もほとぼりが醒めよう、その時はまた入学してくれば良い」
「……私も出来れば教授と机を並べ、研究にいそしみたいと思っていますが……」
「そうか、その気になったらいつでも戻ってくるがよい。その時は私も出来る限り協力させてもらおう」
「私の方もいまだ、その道は見えませんが、その時が来ましたら是非にお願いいたします」
そう言って私は座ったまま一礼します。
あ、そうだ、あの事を教授にも伝えておかないと。
「教授、もう聞いておられるかも知れませんが……」
「ん?何の話だ?」
「……アナベラの事です。私の領地に来てくれるように説得している最中なので、若しかしたら学院を離れるかもしれません」
「アナベラを?なぜだ?」
「領主業の一環です。錬金術を使った新事業を考えてまして、それには私の以外の錬金術師が必要なのです」
「そうか……」
「えぇ、彼女が来てさえくれれば私も楽が出来ますからね。うまくいけば研究を再開できるかもしれません。まぁ、まだ色よい返事をもらってないので、ご破算になるかも知れないですけど」
「うん?……なるほど。よし、そう言った事情なら私も協力してやろう。アナベラと話をしてみようじゃないか」
おぉ!これは思ってもみない言葉が飛び出しましたよ。
「本当ですか!?教授?」
「あぁ、私からの餞別だ」
さすがに教授からの説得があればアナベラも嫌とはいえないでしょう。
これは思ってもみない援護射撃です、教授、グッジョブです。
「私に残された時間はそう多くない。アルシアであれば後事を託する事が出来ると思っていたのだがな。つくづく惜しい。お前が退学さえしなれば数年後は私の右腕として、そして将来的にはこの椅子に座る事も出来たというのに」
「……そこまで過分な評価を頂き恐縮です、教授。しかしあの事件が無くても私は家の事情で退学してしまいましたからね。運も実力のうちと言います。結局、私は教授の後継者としては何かが足らなかったのでしょう」
「いやいや、錬金術を本格的に学ぶ者はそう多くないとはいえ、アルシアは実に優秀な生徒だったぞ。今までで私が教えた中では間違いなく最優秀といえる。いや、私が教えた中でなく、この学院の錬金術学科の歴史からみても間違いなくトップだろう。それだけに本当に惜しい。今からでもどうにかならんのか?」
「……私も末席ながら伯爵家の一員でしたからね。思いもよらず伯爵家を継いだとはいえ、今はその責務を果たすだけです」
まったく、お姉様のせいで私の人生が狂いっぱなしだよ!
プンプン、責任取ってほしいです。
「それでは、そろそろ名残惜しいですが、お暇させていただこうと思います」
「そうか。お前も随分と忙しいようだし、仕方ないか」
私は立ち上がると、一礼をして扉の所まで歩くと、
「教授」と、振り向きざまに言いました。
「ん?なんだね?」
「今までご指導、ありがとうございました」
そう言って退出したのでした。