13 伯爵の人材ゲット大作戦
アナベラは黙り込んだまま私の貌をじっとみつめています。
対する私も一言も発さずにアナベラの貌をじっとみつめ返しました。
うーん、どうだろう。
やっぱダメなのかな?
「アナベラはこの国に何か思い入れはあるの?」
「……生まれ育った場所だけど?」
「と言うことはさ、好きで住み着いたわけじゃないって事でしょ?王国も良いところだよ~。行ったことある?」
「……ないけど……」
「じゃぁさ、ちょっと行ってみない?無理そうならこっちに戻ってくればいいしさ」
どうせ錬金術師は何人か抱え込もうと思っていたのです。
それが気心がある程度知れたアナベラでしたら、ベストなのですよ。
まぁ、領地に行ったら錬金術師の管理はアルジーたち二人にやらせるつもりですけどね。
「……アルシアの領地ってどんなところなの?貴女が引き継いだ爵位は伯爵だったわよね?」
「風光明媚で良いところだよ!こう言っちゃなんだけど、王国ではね、成功したら田舎で美しい緑に囲まれて過ごす事を目標に働いてる人も多いんだから、そういった意味でならウチの領地なんて最高なんだから」
……別に嘘はいっていませんよ?
我が領地は観光地などにはなってはいませんが確かに風光明媚といえる範疇にあるはずです。
鉱山跡地を別にすれば、手入れをされた農地や牧草地が広がっているだけですがね!
都心の、悪く言えばゴミゴミとした場所に比べれば、風景だけは勝っているのです。
「……それだけ聞くと素晴らしい場所に聞こえるけど、実際はただの田舎街って感じにも思えるわね」
う、図星です。
私の心が読まれてしまったのでしょうか……。
でもここは一生懸命言葉を尽くしましょう。
「そ、そんなことないよ!王国ではね?金銭的、物質的な豊かさより『心の豊かさ』を追い求める人の方が多いんだからね!」
一生懸命力説する私をアナベラは冷めた眼でじっとみつめています。
「そ、それにね!来てくれるなら勿論衣食住の心配はしなくていいわよ!私が全部面倒見てあげるんだから。空いた時間でなら実験だってしていいし」
今、相応しい場所が空いていたかな……。
もし来てくれるならアルジーたちに頼んで急いで準備しないといけませんね。
アナベラは無言で私の事をじっとみつめています。
うーん、ダメだったかな……。
アナベラの考える事は表情からはよくわからないのよね。
「アルシアがそこまで言うのなら検討してみようじゃない。けど貴女のいう事だけをそのまま信じるのはちょっとね……」
アナベラは随分と慎重さんですね……。
でも先ほどとは違って若干雰囲気が和らいだような感じです。
これはもう一押しかな?
「だ、だったら私が戻るのと同じタイミングで王国に行ってみない?私が言ったことが嘘じゃないって分かるはずだから。旅費は私が出すし、もし実際みてダメなら観光だけして帰ればいいわ」
善は急げです。
一旦王国に連れていってしまえばこっちのものなのです。
と言っても、あくまで『強要』する気はありませんよ?
するのは『説得』ですから!
「……質問があるんだけど良い?」
「うん」
「なんで私なの?……少なくともアルシアは同期の中では頭一つ抜け出していたわ。教授も貴女が居なくなってからは愚痴をよく零していたし、あのまま在籍していたらいずれは教授の右腕として活躍していたでしょうね。そんな貴女がなぜ私をスカウトしようと思ったの?」
むむ、これは答えるのが難しい質問ですよ。
本音で言えば、一定以上の力を持つ錬金術師ならだれでもよかった。ですが、さすがにそれを言うのはまずいと言う事は分かります。
……どう答えたものか、私が悩んでいると、
「や、やっぱり私の事を、その……今でも親友だと思ってくれていたの?」
と、もじもじしながら貌を赤らめ始めたではありませんか。
アナベラが久しぶりに見せたとても分かりやすい表情です。
まぁ、確かにアナベラは私が学院で一番親しくしていましたよ。
が、それはあくまで打算ありきで……、同期の中では優秀な部類で且つ私の頼みをよく聞いてくれたから……なーんて言えませんよね。
優秀な方とはそれなりに親しくしておこう、という私の作戦が退学した今になっても有効に働いてくれているようです。
そこで私はその勘違いを最大限に利用する事にしちゃいます。
「あ、当り前じゃない……。そうじゃ無きゃこんな頼みなんてできやしません。それともアナベラは私の事を親友と思ってくれてなかったのですか?」
そう言いながらアナベラの手を両手でそっと握り締めます。
勿論、自らの貌を赤らめつつ、眼を涙で潤ませることも忘れません。
傍からみたら妖しい雰囲気にみえちゃうかもしれませんね。
……ここが個室で助かりました。
突然合わせられた手にびっくりした様子で一瞬、体躯をピクリと震わせたアナベラでしたが、
「し、親友を続けられるかはこれからにかかっているわね。い、今のアルシアは私にとって大勢いる友達の一人でしかないから」
「えぇ、アナベラの期待を裏切らないように努力いたしますよ。私は今までも、そしてこれからもずっと親友ですから」
私はアナベラの手を握り締めたまま、そう言ってニコリとほほ笑んだのでした。