10 伯爵は懐かしの学院へ
登場人物紹介
アルシア・モリナ……主人公。急死した父や兄に代わりシュルーズベリー伯爵を継ぐ。十六歳。
ティーナ・モリナ……主人公の姉。父や兄の冥福を祈る為に出家した修道女。十八歳。
アナベラ・ダルラン……主人公の学院時代の友人。
§ § §
その日の事。
私は隣国にある賢者の学院へとやってきました。
ここは私が二年近く錬金術を学んだ学院なのです。
途中で、お父様の容体が危ないってお姉様から手紙が来て領地に帰ったのですがね。
でも私としてはちょっと早い春休みの予定だったのです。
まさか、伯爵を継いでそのまま退学するとは思ってませんでした……。
それでまぁ、領主業もひと段落したので、知己に挨拶がてらに再び訪れる事にしたのです。
えっ!?本当にひと段落したのか、ですって?
……勿論です。
なんてたって優秀な者が二人もいますからね!
私がいなくたって仕事は回るのです、そうでなくては困ります。
ここ、賢者の学院は錬金術以外にも様々な学科を高度に学ぶことが出来る非常に大きな学院です。
どちらかといえばここでも錬金術は不人気な学科なのですがね。
それでも王国と比べれば、錬金術師の立場の良さは歴然としています。
さてっと、確かこの時間はこの辺に普段はいたはずなんだけど……。
私はキョロキョロ、と辺りを見回します。
む?あの人影はもしかして!
あ、やっぱりいたいた!
早速声を掛けにいきますね。
「おーい、アナベラ、ひさしぶり!」
と、私が声を掛けた所、びっくりして振り返るのはアナベラ・ダルラン、私がこの学院で一番親しくしていた方です。
「げっ!?アルシア!……貴女退学したんじゃなかったの!?」
「『げっ』って何よ……その驚き方は酷いんじゃないかな?折角あえて嬉しかったのに、台無しだよ」
「……台無しなのはこっちの台詞よ。やっとアルシアの事も思い出す事が無くなって来たのにまた貴女に会うなんてね」
……こんな事を言っていますがアナベラは俗な言葉で言うとツンデレさんなのです。
ふふふふ、素直じゃないですね。
「……それで?本当にアルシアは何しに来たわけ?退学したはずでしょ?まさかだけど再入学したわけじゃないわよね?」
「本当はそうしたいんだけどね。残念ながら違うわ。私は突然この学院を離れてしまったでしょ?だからお世話になった方への挨拶にね」
「あっそう。それでは私への挨拶はすんだわね。じゃ、もう行くから」
そう言ってアナベラはスタスタと歩き出そうとします。
そうはさせません!
私はガシッとアナベラの手をつかむと、
「まぁまぁ。折角久しぶりに会ったんだから、もっとお話ししようよー」
するとアナベラはめんどくさそうに私の事をじっとみつめると、
「私から話す事は何もないんだけど?」
と、仰るではないですか。
「アナベラが無くても私にはあるんだってば、どうせこの後は講義も無いんだしいいでしょう?」
と言って私が手をしっかり握って離しません。
するとアナベラはあきらめたようで、
「……何よ?用事があるなら早く済ませなさいよね」
「じゃ、ここじゃなんだから場所移そう?いつもの所空いてるよね?」
「あぁあそこね。……まぁいいけど」
なんだかんだ言うものの結局は同意してくれるからアナベラは好きなのよね。
そして私はアナベラを引きずるようにして、場所移動するのでした。
§ § §
正門から学院を出た私たちは、何時もの場所へ移動します。
そこは学院からほど近い場所にある、とある喫茶店です。
個室もあるので、大事な話をするには便利な場所なのよね。
まぁ、席料が取られてしまうんだけど、そのぐらいのお金は持っているのです。
「当然、アルシアのおごりなんでしょうね?」
「うん、私が払うよ」
「……そう言えばアルシア、実家の伯爵家を継いだって噂があったけど、アレって本当なの?」
席に着くなり、アナベラは質問してきます。
あれ?さっきは『私から話す事は何もないんだけど』とか言っていたのは気のせいだったカナ?
「あら?そんなのまで噂になってるんだ。うん、そうなの」
「でもアルシアって確か末っ子とか言っていたじゃない?一体どういうわけなのよ」
「うーん、それ何だけどお兄様が二人とも事故死してね。ソレを聞いたお父様もショックで亡くなられたのよ」
「……そうなんだ。ソレは不幸が続いたわね……。それでアルシアが伯爵を継いだってわけ?」
「そうなのよ、上にお姉様が一人いるんだけどね。ひどいの!私に当主の座を押し付けて出家してしまって」
「えっ?出家?」
私の予想外の言葉に身を乗り出すアナベラ。
「うん、突然『私はお父様とお兄様たちの冥福を祈る為に出家したから、貴女が当主ですよ』って。ひどいよね~」
「そうなの……。でもアルシアの事だから実家で錬金術の実験三昧をしてるんじゃないの?伯爵家を継いだって事はお金も相当自由になるんでしょ?」
羨ましそうにアナベラが言います。
いや、全然そんな事ないんだけど。
「それも聞いてよ~。伯爵家の内情は火の車で、かろうじて借金だけはしてなかったけど、その一歩手前って感じで、亡くなったお父様はお姉様と私をお金持ちと結婚させて持参金を当てにするような口ぶりをしてたそうなの」
それを聞いたアナベラは貌を顰めて「うわぁ~」と声を上げます。
「ね?ひどいでしょ?他にもいろいろ報告はあるけど、とりあえず注文してからにしましょうよ。私がおごるから好きなもの注文して良いわよ?」
そう言って、私はアナベラに向かってニコリとほほ笑んだのでした。