00 プロローグ
登場人物紹介
アルシア・モリナ……主人公。シュルーズベリー伯爵の次女。十六歳。
ティーナ・モリナ……主人公の姉。シュルーズベリー伯爵の長女。十八歳。
エリック・モリナ……主人公の兄。シュルーズベリー伯爵の長男。
セロン・モリナ……主人公の兄。シュルーズベリー伯爵の次男。
シュルーズベリー伯爵……主人公の父親。
アルジー・ビリンガム……伯爵の領地管理人。
§ § §
はー、気持ちいー。
ポカポカとした陽気の中、私ことアルシア・モリナは日向ぽっこをしていました。
常々、体調が思わしくなかった、お父様の容体が急変した、そう連絡をうけ、私は留学していた賢者の学院から家に飛んで帰り、実家にてお父様の容体を見守っていました。
そんなお父様の容体は、悪い方に安定してしています。
私も看病の手伝いを申しでたのですが、これは拒否されてしまいました。
ぶっちゃけていうと、私はお父様などの家族に嫌われていたのです。
お父様の容体も、家族唯一の味方であるお姉様がお手紙でコッソリ教えてくれたので知る事が出来たのです。
なので実家に帰って来たものの、する事もなくこうしてノンビリとしているのでした。
だけどそんな私に訪れる、不穏な影がありました。
『ペチ』
いきなり頭を叩かれた私は慌てて眼を開けます。
「なんだ、お姉様か」
「なんだじゃありませんよ」
このプリプリと怒っているのが私の姉、ティーナ・モリナです。
私と二歳しか変わらない十八歳なんだけど、私とは違ってすっかり大人びています。
「お父様の容体が思わしく無いっていうのに、アルシアったらこんな所で日向ぼっこですか?良いご身分ですね」
「そんな事言ったって……。お父様はあってくれないしどうしようも無いじゃない」
「お父様にも困った物ね……。アルシアとのわだかまりも早く解ければよいのに」
「ねぇお姉様……。こんな事言うのも何なんだけど、私って帰ってくる意味あったの?」
「もぅアルシアもそんな事言うのはやめなさい!貴女のお父様なんですよ?」
「それはそうだけど……」
「お父様にも困ったものだけど、原因はアルシアにもあるんですよ?貴女が錬金術なんかにのめり込むから……」
その言葉に私は、またか、と内心溜息を吐きます。
この国では錬金術の扱いが不当に低いのです。
下賤な職業とされ、少なくとも貴族令嬢が嗜みに倣うような物では無い、とされているのです。
「お姉様もやっぱり反対なの?」
「……私はアルシアが本気で学びたいと思っているなら反対はしませんよ。勿論賛成もしませんけどね」
そう、私を隣国にある賢者の学院に留学させるように説得してくれたのはお姉様です。
それがちょうど私を厄介払いしたがったお父様の思惑と一致し、めでたく留学と相成ったのでした。
もっとも、二年足らずでこうして帰ってくるとは思いませんでしたが。
「アルシアはやれば何でもできる娘のはずです。その気になれば錬金術を学ぶにしても、お父様の不興を買わずに出来たはずですよ」
「……それはお姉様の買い被りです」
「もぅ、アルシアはそんな事ばかりいって!大体――」
お姉様がそう言って何かを言いかけた時、
「ティーナ様、こんな所にいらしたのですか」
現れたのはアルジー・ビリンガムという名前の領地管理人です。
「アルジー、何か用ですか?」
「はい、旦那様がお呼びでございます」
「お父様が?わかりました、スグに向かいます」
ちなみにこの人は必要が無い限り私の事を一切見ようとしません。
空気のような扱いになっているのです。
まぁ、お父様に仕えている立場だから仕方ないけど、何だかなぁ……。
「アルシア、後でまた伺いますからね」
「はーい、いってらっしゃーい」
私は軽く手を振ると、お姉様は貌を顰めながらその場から移動していきました。
でもなぜかアルジーはその場に残ったままです。
ん?と思っていると、
「……アルシア様」
と、珍しくアルジーが話しかけてきましたよ。
「アルジー、どうしたの?お姉様は行っちゃったよ」
「アルシア様、錬金術などというシュルーズベリー伯爵のご令嬢には相応しくないものは、一刻も早くやめるべきかと存じます」
「まぁ、そう言わないでよ、アルジー。お父様から何か言われたの?」
「旦那様はいつもその事にお心を痛めているのです」
「知っているわ。お父様は私も錬金術も嫌っている事はね」
そう言って私は肩をすくめます。
この国での錬金術の地位は不当に低すぎます。
隣国ではまだマシな扱いだったんだけどな……。
魔法の地位が相対的に高いこの国では、錬金術は魔法の代替品がぜいぜいの扱いなのです。
しかし、私の考えは違います。
才能など関係なく、誰が使っても一定の効果が保証できる錬金術で作成した品々は、才能が必要であり、また体調などにより効果が不安定な魔法などより、将来性があると思うのです。
でもお父様にも散々力説しても分かってもらえなかったこのお話を、アルジーにしても理解してもらえるとは思わないので、私は特に説明などはしません。
「……それでは私は失礼いたします。旦那様はお可哀そうだ」
私への一礼もソコソコにして、最後にその台詞を口にしたアルジーは足早に何処かへと行ってしまいました。
そしてこの場に残されたのは私だけ。
私は椅子に深く腰掛けると、眼を瞑って日向ぼっこの続きをします。
どうせ私は上に兄が二人、姉が一人の気ままな末っ子。
好きなようにやらせてもらいますよ。
それに……。
「お父様の望むように生きるなんて、絶対してやらないんだから」
私は今のように気ままに生きられたらそれでいいのだ。
私は学院でやり残したことを想いだしながら、静かに眠りに落ちました。
しかし、私の思いとは裏はらに、そんな日々は唐突に終わりを告げたのです。
§ § §
「はっ?お姉様何を言ってるの?」
「アルシアはもう学院には帰れません。そう言ったのです」
それからしばらくたった日の事。
領地にある私に与えられた離れの一画の木陰で、本を読んでいた私は突然やって来たお姉様からそう宣言されたのでした。
なんか普段と様子が違いますね。フードを深めにすっぽりとかぶっています。
「なんでよ!お父様から何か言われたの?」
「……お父様はもう何もおっしゃいませんよ。もう言葉を発することはありません」
「えっ!?それってまさか……」
「はい、お父様は発作を起こして亡くなりました」
「冗談……じゃないわよね」
「こんな事冗談で言えるはずもありません」
お姉様の貌をじっとみつめると、化粧でうまく隠していますが泣きはらしたあとが見え隠れしました。
そんなお姉様を座ったまま見上げます。
「そう、お父様亡くなったんだ……」
仲が良くなかったとはいえ、亡くなると知ると一抹の悲しさが心に浮かびます。
「えぇ、そうです。ですから――」
ここで一旦言葉を切ると、お姉様がトンデモ無いことを言い出すのでした。
「貴女が我が家当主になります、アルシア」
「……は?」
しばらく訪れる沈黙。
お姉様は何を言ってるの?
お父様が亡くなったのなら当主はエリックお兄様に決まっているじゃない。
「お姉様、何の冗談――」
「冗談ではありませんよ」
「お姉様、お父様が亡くなって混乱していらっしゃるの?お父様が亡くなったら、当主はエリックお兄様が――」
「エリックお兄様はお亡くなりになりました。セロンお兄様もです」
「……はい?」
私は慌てて立ち上がると、お姉様に詰め寄ります。
「な、ななな、なんで?」
「エリックお兄様とセロンお兄様が乗った馬車が崖から転落し、二人とも亡くなったようです。それを聞いたお父様は発作を起こして後を追うように……」
うわー。
そりゃ発作もおきちゃうよね。
私もびっくりして発作がおきそうだよ。
「お父様もお兄様もいなくなったから私に後を継げってお姉様は仰るの?」
「幸いというかあいにくと言うか、お父様は後継者を指名しないでお亡くなりになりました。私とアルシアどちらかが継ぐのであれば私は貴女が相応しいと思います」
通常であれば爵位の継承は男子のみに限られるだけど、私たちのシュルーズベリー伯爵については特殊で、直系男子がいない場合は、伯爵の子に限り、女性にも爵位が受け継がれるのです。
「だ、だったらお姉様が相続すればいいじゃない!お父様の指名が無い限り女系相続には優劣が存在しないとはいえ、年長のお姉様が相続するのが自然でしょう?」
「残念ながら私は相続が出来ないのです」
「な、なんでよ!」
その言葉にお姉様はスルスルとローブを脱ぎ始めました。
……何という事でしょう!
フードの下から出て来たのは修道服ではありませんか!
「私は、お父様やお兄様の冥福を祈る為出家いたしました。だから、もう後を継ぐのはアルシア、貴女しかいないんですよ」
そう言って、お姉様はニコリとほほ笑んだのでした。