旅立ち
城門を抜けると、城壁のせいで見えなかった見渡す限りの草原の風景が広がっていく。雲一つない晴天、吹き抜ける風に合わせゆらゆらと揺れる草草、風に乗り漂ってくる土や草の香り。
戦いに赴くため何度も見てきたこの光景も、不思議と今日は違う風景のように見えた。今迄は城門を出るという事は、これから戦いに行くという事。剣聖が出るという事は、一刻を争う自体ばかり。急がねばどれだけの被害が出るかわからない状況ばかりだった。景色など楽しむ余裕はなかった。だが今は違う。これから新たな旅が始まる。心地よい風がそれを歓迎してくれている気がした。
城門を抜けたあたりに待機をしていた2パーティの冒険者達がこの馬車の護衛役らしい。それに気が付いたジンに対し、おかげさまで最近ランクの高い冒険者を雇い直したんですよ、とタブスは嬉しそうに語った。
こら、そんなに顔を出したら危ないでしょ。ジンの向かいに座っていた少女が、そう母親に怒られ首根っこを掴まれていた。少女は城門を出るのは初めてなのかもしれない。母親は騒いでしまった事が恥ずかしかったのか、目があったジンにすみませんと頭を下げる。
よいよい。子供が元気なのは国が豊かな証拠じゃ。
ジンは頭を何度も下げる母親を手で制し、微笑みながら優しく告げた。母親に怒られシュンとへこんでいた少女はジンの言葉を聞き、じっとジンを見つめた後満面の笑みでジンを見つめた。
おじいちゃんはどこに行くの?メイはね、お父さんに会いに行くんだよ!
先ほどまでへこんでいたのに、切り替えの速さにジンはくつくつと笑い、少女の頭を撫でながら答える。
さて、どこに行こうかのお。あんまり考えてないんじゃ。
頭を撫でられ嬉しそうにしている少女は、ジンの答えに不思議そうな顔をする。
どこに行きか分からないの?おじいちゃん迷子なの?
心配そうに問う少女に、ジンは目を丸くし、再びくつくつと笑いながら再び少女の頭を撫でた。
少女のおかげで、ジンは母親とも仲良くなり色々と話を聞くことが出来た。少女と母親は、この先にあるアデルバード伯爵領に向かう途中らしい。以前、旦那が王都で見習い騎士をしていたが、急遽伯爵領へと転属が決まり派遣されていった。現在二人は母親の仕事の都合上、少し時間をずらし伯爵領へと移住する事となったそうだ。
急な配属でしたが、おかげで少しは稼ぎも増えこうして少し贅沢にキャラバンで向かう事が出来たんです。
母親は嬉しそうにそう話、少女もそれに賛同し楽しそうに話をしていた。ジンはそんな二人を微笑ましく思いながら、二人が話す父親の事を聞いていた。少しあわてんぼうだが、家族をとても大切にする旦那さん。家事は苦手だが、掃除はいつも手伝ってくれるんだと母親は嬉しそうに話し、それでももう少ししっかりしてほしいわ、と母親を真似てか呆れながら話す少女に、いつの間にか馬車の上では笑い声が溢れていた。
次の街へは三日程かかるため、小休憩を挟みながら馬車はゆっくりと進む。王都から伸びる道は途中でいくつも枝分かれするが、そのどれもしっかりと舗装され、馬車はあまり揺れずに快適な旅となっていた。
老夫婦は口数は少ないものの、楽しそうに話すジン達の声に耳を傾け、そして時折互いに体に気を使いながらも楽しそうに笑っている。ジンの隣にいた少年とその両親も、少女と母親とすっかり打ち解けあい話題には事欠かなかった。暫くすると、少年が頬を赤く染めながら、じっと少女を見つめる時間が増えてきた。ここでも一つの面白そうな物語が生まれそうだな。そんな予感がし、ジンは一人でくつくつと笑いそんな少年を見守ることにした。
日が暮れるタイミングに合わせ、馬車は道脇にある広場で停車する。街から街へと向かう道には、野宿が出来るようこうしたちょっとした広場が設置されている。タブスは皆に野宿の事を伝え、手慣れた様子で皆の料理を作り始めた。少し値の張るキャラバンだけあって、食事もサービスしてくれるらしい。皆はタブスの料理に舌を打ち、早めの就寝となる。冒険者達が交代で辺りを警戒し、女子供は荷台で、男は地面に布を敷き休む。ジンも長年の習慣から一応辺りを警戒しながら休むが、その日は特に何事もなく朝を迎える事が出来た。
何もない道中だが、初日に皆と打ち解ける事が出来たため、様々な話で盛り上がり飽きることのない旅となる。因みにジンはしがない冒険者で仕事一筋で生き、そして引退して道楽で旅をしているジジィという説明をしていた。皆はそれを疑うことなく話が進む。ジンは心の中で、このキャラバンを教えてくれたギルドに感謝をし、その道中を楽しんだ。