キャラバン
じゃあ、そろそろ行くかの。
決闘を終え、無事ギルド証を手に入れたジンは、手続きを手伝ってくれたレオンに話す。
ああ、いつでも来てくれ。歓迎しよう。
二人は握手をし、ジンは沢山の冒険者に見送らせて、冒険者ギルドを後にする。立ち去る際、ジンはレオンに紹介状を手渡していた。内容は、現剣聖ニクスに宛てた手紙で、レオンとの決闘を示唆するものだ。勿論レオンも内容は知らない。ただ、言い忘れたことがあるから剣聖に渡して欲しい、と言われ受け取った物だった。それを見た時の二人を想像し、ジンはくつくつと笑った。だがジンは気がついていないが、やり方は前国王アドルフと同じ。結局二人は似た者同士という事だ.。
早朝に城を出たのにも関わらず、日は落ち辺りはすっかり暗くなってしまっていた。原因は、決闘を見ていた冒険者達だ。あの後、ジンの正体を聞いてきた冒険者に対し、レオンが彼は元剣聖だと宣言したのが事の始まり。冒険者達は次々にジンに教えを乞い、それに応えていたらいつの間にかこんな時間になってしまっていた。
全く、もっと老人を労らんか。
思わずそう口にするジンの表情は、晴れ晴れとしたものだった。この国もまだまだ安泰だ。若者は活気に溢れ、向上心がある。彼らは未来を切り開き、この国を守ってくれるだろう。
じゃが、ちとはしゃぎ過ぎた。流石に疲れたわい。
冒険者ギルドがら出たジンは、早々に近くの宿に足を運ぶのだった。
翌日、ギルドで手続きをした際、発行してもらった馬車の合乗り場へと向かう。まだ早朝だというのに、街は活気付き様々な人が行き来していた。合乗り場は城下町の入り口付近にある。ジンはそんな活気あふれる人々を嬉しそうに横目に見ながらゆっくりと石畳で出来た坂道を下っていく。
この人々の笑顔の全てとは言はないが、その一部はジン自身がつくったもの。そんな彼らの笑顔を間近で見ていると、今までの努力が報われる気がした。もっとそんな光景を見てみたい。もっと様々な人と触れ合いたい。60になっても、ジンは自身が旅に恋い焦がれる少年のような気持になっているのに気が付く。だが、その気持ちを抑える必要はない。今はそんな気持ちの変化一つ一つがジンには楽しくて仕方なかった。
合乗り場に辿り着くと、そこには既に沢山の人が集まっていた。円形に広がる広場に、沢山の馬車が並び、自分の客を間違えないように運転手の御者が声を張り上げ、自身の馬車の乗客に発車時刻を伝えている。
そこにいる人々も様々だ。旅慣れている冒険者や駆け出しの商人、初めての旅に緊張した面持ちの少年達、何かの事情で家族と別れを惜しむ者。一人一人に様々な事情があり、物語があるのだろう。それを見ているだけでも飽きないなと思いながらも、ジンは自身が乗る馬車を探す。
ジンが乗る馬車はすぐに見つかった。ギルドが気を利かせてくれたのだろう。その中でも一等に豪華で大きな馬車の後ろに『タブス』と書かれた看板を持った人を見つける。それがジンの乗る馬車だ。ジンは彼に近づきギルドから発行してもらった手紙を彼に差し出す。
ああ、よかった。貴方で最後だったんですよ。私がこの馬車の御者のタブスです。ささ、乗った乗った。
ジンから手紙を受け取った男はほっとした様子でジンを荷台へと促し、自身は操縦席の方へと駆けていった。むむ、少しゆっくりしすぎたか。宿は割と朝早く出たが、どうやら街の様子をゆっくりと楽しみすぎたらしい。ジンは荷台に乗りながら、他の客に軽く会釈をしながら空いている一番前の席に着いた。
ジンが席に着くとタブスは縄を軽く引き、それに合わせて繋がれた二頭の馬がゆっくりと歩き出す。馬車のタイヤは石畳を踏みしめ進み、それに合わせて荷台は規則正しくガタガタと揺れた。
確かこういう馬車の種類をキャラバンと言うんだったか。ジンは馬車全体を見渡し考える。大型の4輪が付いた馬車で、現在ジンを含め10名ほど荷台には乗っている。見た目は貴族の馬車程ほど豪華ではないが、サスペンションもついている為あまり振動が気にならない。車輪もいい大きく太く、簡単には壊れたり溝にはまり馬車が止まると言ったトラブルはないだろう。上等な天幕付きで、椅子の部分はきではなく布が敷かれ綿が入っている。
いやぁ、いい天気ですな!今日は絶好の旅立ち日和だ!
タブスは呑気に鼻歌混じりに、誰に言うわけでもなくそう話す。彼は馬車の御者にしてはしっかりとした生地の服装をし、馬を打つ鞭もそれなりにしっかりとした者だ。大分稼ぎがあるのだろう。荷台では横向きに椅子が並んでいる為、皆向かい合うように座っている。質素ではあるが綺麗な服に身を包んだ老夫婦、夫婦にその子供、皆と少し離れ一番後ろに何かの袋を大事そうに抱える男性、背筋を伸ばし可愛らしくも燐とした表情の少女、そしてジンの前には母親と子供一人。皆一体どんな事情があってこの馬車に乗り合わせたのか。聞きたい気持ちを抑え、ジンは進行方向を見つめる。自分は元剣聖だ。みっともなくあれこれ聞き周り、迷惑をかけてはいけない。
皆さん、そろそろ王都を出ますよ。忘れ物はありませんんか?用を足したいときは気軽に早めに仰ってくださいね。
城門の傍で、タブスは後ろに振り替えることなくのんびりとした声で皆に問う。恐らくこれを言うのが彼にとって毎回のお約束なのだろう。彼の問いに、後ろの方に乗っていた夫婦の子供の少年が元気よく、はーい、と返事をしていた。
少年返事をするとタブスは、いい返事ありがとう!そんないい返事ができるなんて君は将来有望だな!なんて適当な事を言う。タブスの言葉に少年は嬉しそうに胸を張り、両親はそれを微笑ましそうに見守り頭を撫でてあげる。
向かいにいた老夫婦はそれを微笑ましそうに見つめ、燐とした表情で遠くを見つめていた少女の顔も少し緩んだように見えた。少年の純粋な返事のおかげで、見知らぬ赤の他人が乗り合わせた馬車には暖かい空気が漂い始めていた。