冒険者ギルド
元気でな、友よ。楽しい土産話しを待っているぞ。
師匠。色々ありがとうございました。何かあった時はいつでもいらしてください。必ず力になってみせます。
ジンは苦笑し、長く白い髭を撫でる。こんな事しなくても良いのに、と思いながら。
明朝、ジンが城を出ようと城門を通ると、そこには前王、マリア、国王、現剣聖に隊長副隊長が胸に剣を構えて花道を作っていた。
静かに旅立とうと、誰にも正確な時間は告げなかったはず。ちらりと前国王を見ると、イタズラが成功した子供の様に笑っていた。
退職金だ、と金貨100枚を押し付けられ、ジンは花道をゆっくりと歩く。
騎士の隊長達が揃う事はそうある事ではない。そして剣聖は常に鎧に身を纏いその顔を知る者は少ない。
突然の花道に、近くにいた下級の騎士達やメイド達は慌てて頭を下げてジンを見送る。無理もない。この国のトップ達が敬意を表しているのだから、それが見知らぬ老師であっても頭は下げるものだ。
全く、こんな事をする暇があったら働け。
そう思いながらも頬を緩ませながら、最後の花道を通る。目を左右に動かし、居ないメアリーに寂しく思いながら、前剣聖は長く住んだ家を出るのだった。
さて、何処に行こうか。
金は沢山ある。城からあまり出ることのなかったジンは、退職金を抜いてもかなりの額を有していた。
荷物は希少なマジックバックと呼ばれる布袋に入れ、腰に下げている。
マジックバックは、見た目は布袋だが、特殊な魔法が施され、その容量は小さな家一軒分は入る代物だ。
故にジンは現在、赤黒い上質なマントに、見た目は地味だが上質な旅装束に身を包み、腰には剣一本というかなり身軽な格好をしている。
城から一歩外に出れば、誰をジンを気に留めない。
先も述べたが、剣聖とは基本的に全身鎧を身にまとっている。
理由としては、剣聖とは王国の力の象徴だ。故に普段からその顔を晒し行動すれば、恨みを買った敵や、他国の間者に毎日命を狙われ休む暇もなくなってしまうからだ。
だがお陰で、今はのんびりと旅ができる。
自身の目的通り、誰にも邪魔されずにこの国を見て回れる。ジンはその事に感謝しながら、ゆっくりと舗装された石畳の道を歩き出した。
だが、そんなジンの旅立ちも、数歩歩いただけで呼び止められてしまう。
失礼。そこの老師。そうそう、貴方だ。元剣聖のジン殿で間違いないか?
誰かを待っていたかの様に、城の城門の横に止めた馬車から一人の男性がそう声をかけ降りてくる。
強いな、此奴。
一目見ただけでジンはそう感じた。服が裂けそうな程鍛え上げられた筋肉は、決して見た目だけではないだろう。無精髭を生やし、ツルツルの頭をした男性を見て、ジンはやっとその男が誰なのか思い出した。
王都冒険者ギルドのギルドマスター、レオン殿じゃな?
ジンの言葉に、レオンはその厳つい顔とは似つかない、はにかんだ笑顔で首を縦にふり答える。
歴代最強と呼ばれた元剣聖に覚えてて頂き光栄だ。良ければ馬車へ。少し話もあるんだ。
ジンが考える暇も与えず、レオンは馬車を手で呼び、ジンの隣に呼び寄せるとズカズカと馬車に乗っていく。
冒険者ギルドというのは、所謂何でも屋だ。頼まれれば物を街から街へと運び、行商の護衛、街の掃除に鉱石薬草採取。だがその本質は魔物退治を生業としている。
魔物とは、魔法を使い際に使う、空気中どこにでもあり全ての生命に宿る魔素から生まれる。魔素が一定以上溜まると自然発生する魔物だが、その生態は未だよく分かっていない。
少し話が逸れてしまったが、冒険者とは、その腕一つで魔物と戦い生活する者達の事。
そしてその強さはE〜SSランクで区別されている。
レオンは40手前にしてその最高峰、SSランクの冒険者であり、その組織のトップに君臨する男だ。
別に慌てる旅でもない。ジンはとりあえず馬車に乗り、彼の話を聞くことにした。
いやぁ、思ったより老人で驚いたぜ!剣聖ってこうよ、物凄い化け物みたいなツラした奴がなるもんだと思ってからよ!
馬車が出発するやいなや、待ってましたと言わんばかりにレオンは大声で笑いながら話し出す。
話の内容だけを聞けばとても失礼な奴だが、不思議と彼に対して嫌悪感は抱かない。寧ろ好感すら覚えるのは、彼が人の懐に入るのが上手いからなんだろう、とジンは思った。
それで?儂を待っていた訳を聞こうかの?
レオンの話が途切れるのを見計らい、ジンはそう問いただそうとしたする。
と、そのタイミングで馬車は止まり、レオンはジンに降りるように促した。
訳がわからず、とりあえず降りてみると、そこは王都冒険者ギルドの正面だった。
ジンが降りるのを確認すると、レオンはズカズカと歩き中へ入って行ってしまう。
とりあえずジンが後を追い中へ入ると、早朝にも関わらず中には沢山の冒険者がせわしなく動き回っていた。
ジンさん、こっちだ!
すでに奥の階段に片足を上げながら、レオンが大声でジンを呼び、ジンは一瞬のうちに注目を浴びてしまう。
その原因は彼らの囁きを聞けばすぐに分かった。
冒険者の憧れ、レオンがさん付けで呼ぶ老師が何者かについて話し合っている。
全く、落ち着きのない男じゃ。
ジンは苦笑しながら、受付横を通ってレオンの後を追った。
ギルドマスターの部屋、そう書かれた三階の一室に入ると、そこはレオンの風貌には似つかない綺麗な部屋だった。
奥のデスクはレオンの事務仕事をする為のものだろう。沢山の書類が置かれたそこ以外、部屋は綺麗に整理され、接待に使われてもいいように上質なソファーと棚には上質な酒が置かれていた。
レオンに促されるままソファーに座ると、そのタイミングで一人の女性が入ってきてハーブティーを注ぎ入れてくれた。
さて、早速本題に入ろうか。
女性が部屋から出て行ったタイミングで、レオンが口を開く。あれだけ一方的に色々話しておいて、早速も何もないじゃろ。とジンは苦笑し髭を撫でながら頷き彼の言葉を待った。
ジンさん、冒険者にならないか?
その意外な言葉を聞き、ジンは少し目を見開いた後、その理由を問う。
ジンさんはもう剣聖ではない。そして爵位もないアンタは今、なんの身分証も持っていない事になる。そこで冒険者だ。
彼の話を聞き、ジンはうっかりしてた、と顔をしかめ頭をかいた。
どこの街に行くにも、家を買うにも商売をするにも身分証は必要不可欠な物だ。騎士や貴族などは、国から直接身分証を発行される。だが一般市民は、冒険者ギルド、商業ギルドなど、何らかの国が認めた組織に所属し、身分証を発行してもらうのだ。
幼い頃から騎士として、剣聖として生きてきたジンはすっかりその事を忘れてしまっていた訳だ。
ジンさんは年はまぁそれなりだが、実力は折り紙つき、爵位もないから面倒なしがらみもない。ギルドとしてはうってつけの存在なのさ。
そう締めくくるレオンの話を、髭を撫でながら聞くジンには疑問が生まれた。
確かに彼のいう通りだ。元剣聖の自分なら高ランクの魔物にもすぐに対処出来るだろう。騎士として乗馬や野営の訓練も積んだ。様々な状況に対して対処出来る自信もある。
彼の話に乗らない手は無かった。故に疑問に思うが、こんな短時間で、それをするのは一人しかいないだろう。
前国王のアドルフか。
どうやらジンの推理は当たっていた様だ。レオンは頭をかきながら苦笑いをし、それを見てジンは白く長い髭を撫でながらくつくつと笑う。
本人には誰の差し金か言うな、と言われてた。まぁバレたなら話していい、という話だったがな。
どうやらアドルフは昨晩のうちにギルドに訪れ、ジンの事を話したという。これはギルドにとっても、ジンにとっても、アドルフにとってもいい話だと持ちかけて。
アドルフにとっても?と疑問に思うが、それが顔に出ていたのだろう。レオンがくつくつ笑いながらその答えをくれる。
友の居場所が分かれば、酒が飲みたくなった時便利だ、と言っていたよ。
レオンの言葉にジンは目を見開き、そして二人は声を大にして笑った。
あやつらしい。恐らくあやつは今頃、今の驚いている儂を想像しながら笑っている事だろう。全く儂は良き友を持った様だ。ジンはそう思いながら、長く苦楽を共にした友に感謝をした。
全く羨ましいぜ。あんたらみたいに、歳を重ねてみたいもんだ。
レオンはニッと笑い、ジンをまっ過ぐ見てそう言う。
お主は人に好かれる性格をしておる。お主ならいい年の取り方をするじゃろうよ。
微笑みながらそういうジンに、レオンは恥ずかしそうに頭をかき、ジンはそれを見てくつくつと笑った。断る理由が無くなった事でジンは冒険者になる事を了承する。
なら下の受付で登録をしてくれ。話は既に通っている。それに俺も準備があるからな。
彼の言う準備がなんなのか分からなかったが、手続きの準備だろうと考え、ジンは腰を上げ部屋を後にした。