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次なる剣聖

 ジンは一度部屋に戻り、メイドを呼びつけ少し頼みごとをすると、剣を二本持って城の訓練場へ向かう。


 訓練場はいくつか分かれており、中でも副隊長以上の実力者しか使えない特別な訓練場へたどり着く。


 此処は国の魔導士が総力を挙げて作った結界がいたるところに張り巡らせてある。そうでもしないと隊長同士の力のぶつかり合いに訓練場が持たないからだ。


 ジンは幼少期からここの訓練場を使い、そして剣聖になってからも使い続けた。何の変哲もない城の地下に存在する、石で囲まれた四角い部屋。ジンはこれまでの人生のほとんどをここで過ごしたといっても過言ではない。


 目を瞑っても壁から壁までの距離がわかる。冷たいはずの壁は魔法陣によりほのかに暖かい。ジンは壁際にまで行き、そっと指先で優しく壁に触れる。


 この部屋にも世話になったのぅ。此処での最後の一戦じゃ。最後までよろしく頼むよ。


 そう語り掛け、壁を撫でながら部屋を一周する。思い出される記憶、此処で何度前剣聖に叩かれただろう。ここで何人もの騎士を育て上げただろうか。


 一周周る間にその記憶が次々と蘇る。悪くない人生だった。だがそれもこれで最後。


 そんなことを考えていると複数の足音が聞こえ、階段から十数名がやってきた。


 剣聖よ。どうされました?急に呼び出すなど珍しい。


 煌びやかな服を身を纏い、35歳とは思えない見た目の若さを誇る現国王「アドラス・フォン・スクルス」がジンに問いかける。


 その後ろには1番隊から7番隊までの隊長、副隊長が揃っていた。


 うむ。皆急な呼び出し悪かった。ニクス、前に出なさい。


 1番隊から7番隊まで皆が揃うことなどそうない事だ。その事に嬉しく思いながらも、ジンはニクスを呼び出し正面に立たせる。


 ニクスはジンの言葉に疑問を持たずジンと一定距離を開けたところに立ち、剣を構える。恐らく誰もがジンが皆に稽古をつけてくれると思っているのだろう。だがジンは首を横に振り、背に担いでいた一本の大剣をニクスに投げる。


 それを使え。卒業試験だ。


 ジンがそう言うと誰もが口を開け驚き固まる。無理もない。その投げられた大剣は、代々この国で剣聖と呼ばれたものだけが持つことの許されるものだ。それを渡すという事は、これは次の剣聖を決める重要案件になる。


 ニクスは驚きながらも剣をしっかり受け止めるが、流石に戸惑っているようだ。誰もが、ニクス自身だってわかっている。目の前にいる老師は歴代最速で剣聖にまで上り詰め、歴代最強とまで言われた剣士だ。まだまだその背中さえ見えてない存在である。


 儂を殺す気で来なさい。それが出来なければここで死ね。


 腰に差していた何の装飾も施されていない地味な剣を抜き、ジンはニクスを睨み殺気を放つ。

 

 ジンは本気だ、その瞬間誰もが理解した。


 剣聖が変わる時、ほとんどの剣聖は死ぬ。それは自分を超える剣聖を決める儀式でもある。死ななくてもその腕を失ったり、重症を負うことが当たり前な伝統ある儀式。それが今目の前で突然行われるのだから、皆が戸惑った。


 だがその中でも1番隊ニクスだけが動き、剣を構える。それは経験からくる防衛本能かもしれない。ジンが放つ殺気はドラゴンでさえ怯むとまで言われるものだ。それを正面から受けたニクスは、油断すれば死ぬと言う言葉が脳裏をよぎったのだった。


 ニクスも殺気を放つ。王国ナンバー1と2の殺気がぶつかり合うこの空間に、誰もが固唾をのんだ。もしここにメイドや、下級の騎士が居たら既に気を失っていただろう。だがここにいる国王を含め、皆がジンの教え子たちだった。皆何とか意識を保ち、その時を待つ。


 10秒だったか、1分だったか、もしかしたらもう1時間は経ったかもしれない。強者同士の殺気を受けた皆は時間の感覚が研ぎ澄まされそう感じていた。


 その中でニクスが一番冷汗を掻いている。ニクスはこの時、数十回、数百回と頭の中でジンに斬りかかるイメージをしていた。だが駄目だ。何度やっても目の前の老師に一太刀入れることすらできず殺される。


 だがやらねばやられる。それは経験からか導き出された答えか、はたまた本能からか。そう考えたニクスは思考を止め、この瞬間だけに集中する。


 本人では、皆から見たら状況が変わっていない。だがジンは微笑み頷く。それでいい、と言っている様にニクスは感じ、叫んだ。


 常に冷静で声を荒げ事なんてないニクスが、生まれて初めて雄たけびを上げる。恐怖を捨て去り、気持ちを高め、目の前の最強で最高の剣士を斬るために。


 声が空間に響き渡り、ニクスが歯を食いしばる。始まる。誰しもがそう思った瞬間ニクスが駆け出す。


 二人の距離は一瞬で縮まり、剣の届く間合いに入る。そしてお互い同じ技を繰り出す。


 王国剣術奥義「時の太刀」。


 奥義といっても、ただ剣を振り上げ、振り下ろす。それだけの技だ。だがそれを極めれば、音を、光を、時を置き去りにし敵を斬ることが出来る。


 基本にして奥義、剣の始まりであり、剣の最終形態。


 二人は同時に同じ動作を、何万回とやってきた動作をし、そして剣がぶつかる。


 はらり、とジンの額から前髪が、血が流れ落ちる。同時にニクスは大きく後ろに吹き飛び壁に激突した。


 ジンはその額を皮一枚斬られ、ニクスは押し負け腹を大きく斬られていた。


 だがニクスは立ち上がった。その流れる血の量は夥しいが、気を失うほどではなかった。


 ジンはそれを見て嬉しそうに何度も、何度も頷き、国王アドラスに語る。


 今この瞬間から、剣聖はニクスだ。


ジンはそう言うと、剣を鞘に納める。


儂は明朝城を出る。これからはお主らの時代じゃ。お主らの未来をを切り開くがいい。


ゆっくりと部屋に響くジンの声を聞き、皆歯を食いしばり姿勢を正す。


緊張が解け、痛みが脳まで伝達されたのだろう。ニクスが腹を抑えフラつきながらめ、師匠!、とジンを呼び止める。


俺は貴方に勝つ事が出来ませんでした。この剣を受け取る事は出来ません。


真剣な眼差しで話すニクスを見て、ジンはくつくつ笑い答える。


お主は真面目すぎる。もっと余裕を持ちなさい。お主の実力はすでに前剣聖を超えておる。自信を持ちなさい。


理解はしたが納得は出来ない。ニクスが何か言おうとするが、ジンがそれを遮る。


それでも悔しいという気持ちがあるなら、己を鍛えなさい。お主は若い。まだまだ伸び代がある。お主も歴代最強と呼ばれるくらい強くなりなさい。まぁそこまでいっても、まだちょっと儂の方が強いじゃろうがな。


長く白い髭を撫でながらジンは笑う。


相変わらず負けず嫌いなお方だ。とニクスは苦笑する。そして受け取った聖剣を抜き、表情を引き締めて胸の前で構える。


この聖剣に誓います。必ずこの国を、民を守り、平和な未来を切り開く事を。


ジンは目頭が熱くなる事を感じながら、頼んだぞ。剣聖よ。とそれを託した。


師匠!お世話になりました!!


アドラス国王を筆頭に、皆感謝の意を示し、剣を胸の前で構え花道を作る。


再び目頭が熱くなるのを感じながらも、ジンは振り返る事なく訓練場を後にする。皆ジンが階段を登りきり足音が聞こえなくなるまで剣を胸の前で構え続けた。


最強で、最高の師に敬意を込めて。

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