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引退

 コツン、コツンと老師が歩くたびに、石畳で出来た廊下は音を鳴らし細長い空間に響いた。雪解けの季節の廊下は冷えきり、彼は少し身震いをして羽織っている膝裏まである長さのマントを体に巻く。

 

 何度か階段を上がり角を曲がると、目的の扉の前にたどり着く。木で出来た扉だがその価値はかなりのものだろう。いくつもの魔法陣が描かれて簡単には壊せない仕様になっており、それを見た人が分からず、気にならないように隅々まで丁寧に模様が描かれている。


 扉の横には二人の騎士が立ち、老師が近寄ると慌てて敬礼すし、その内の一人が部屋の中へ入っていく。


 老師は表情には出さないが、その光景を腹の中で笑う。

 こやつらめ、平和だからと言って油断しておったな、と。


 中に入った騎士がすぐに出てきて、どうぞ中へ、と老師を促す。

 うむ、と短い返事をし、彼は慣れたように中へと入った。


 おお、友よ。ちょうど良かった!マリアに言ってはくれんか?先週はお前と酒を飲んでいただけだったと!


 部屋の中に入るやいなや、中に居た気品のある服に身を纏った男性が手を広げ、老師が口を開く前に助けを乞うた。


 部屋は広く、家具や寝具などはどれも一級品。だが綺麗に整理され、物が少ないせいか少し質素にも見える。


 自分が用があり来たのに、話しかける前に助けを求めてきた男性に対し、老師は嫌な顔一つせず心の中でくつくつと笑い答える。


 マリアよ。確かにあの日は二人で夜更けまで酒を飲んでいた。こやつは確かに女には目がないが、だからと言って浮気するようなやつではないぞ、と。


 男性の横にいる、腕を組み額に青筋を入れている女性は、貴方様がそう仰るなら、と深くため息をつき怒りを収めたようだ。


 漸く誤解が解け胸をなでおろす男性を見て、老師はまた心の中でくつくつと笑い、3人はソファーに腰を下ろす。


 因みに老師の記憶が正しければ、先週目の前でニコニコと笑っているこの男とは酒は呑んでいない。

 恐らくまた女の尻でも追っかけていたんだろう。全く幾つになっても変わらんな、と老師はため息をつく。


 側にいたメイドが3人に紅茶を注ぎ、お辞儀をすると入口の前へ戻っていく。


 先程まで言い争いをして喉が渇いていたのだろう。部屋にいた2人は紅茶を半分まで飲み干す。そんな2人をみて老師は口火を切る。


 お互い歳をとったのう。


 2人は老師の言葉に何度か瞬きをし、くつくつ笑い出した。


 そりゃあな。俺たちはもう60を過ぎた。最近身体が思うように動かなくてかなわん。


 私もですよ。だからもうゆっくり余生を楽しみたいのに、この人がフラフラするから。気が休まらなくて困りますわ。


 彼女の言葉に男性は顔をしかめ、老師は大きな声を出して笑った。


 さて、前王よ。今日は話があって来たのじゃ。


 老師の言葉に目の前の男性、前王『アドルフ・フォン・スクルス』は、その表情を引き締め姿勢を正す。

 同時に隣の女性『マリア・フォン・スクルス』も顔を引き締め姿勢を正す。


 2人はこの国の前王とその第一王妃、今は隠居の身だがその威厳は未だ健在だ。


 分かった。話を聞こう。剣聖よ。


 老師、剣聖『ジン』も表情を引き締める。


 ジンには家名はない。元々貧民街の住人だった彼は、人攫いにあい奴隷一歩手前だったマリアを助け、その功績で王宮で働く事となる。

 その時の剣聖に剣の才を見出され、技術を叩き込まれ剣聖となった。

彼の功績は大きく、その報酬として何度も見合いを進められたり爵位を与えられそうになるが彼は断り続けた。

 故に彼に家名はない。


ジンは『友』ではなく、『前王』と呼んだ。

つまりそれは『剣聖』として話がある、という事だ。


 儂、剣聖辞めることにした。


 その言葉にマリアは目を見開き驚くが、アドルフは「そうか」と呟くだけだった。


 アドルフとジンは立場は違えど、お互い気が合い子供の頃から親友として育った。

 今でも良く酒を飲み交わす仲だ。お互いの気持ちはよく分かっている。先週は呑んではいないが。


 ならば爵位を与えよう。それでこのまま王宮に住むか城下町に家を構えればいい。


 アドルフの言葉にジンは首を横に降る。

 彼の言いたい事は分かる。老人とはいえ、まだ現役の剣聖をそう簡単には手放したくないのだ。

 ジンは伸びきった白い髭を撫でながら、前王であり、友である彼にその心内を話す。


 15の時、前剣聖を倒してその名を得てから儂は剣の道に生きた。爵位も貰わず、ただ剣だけに生きた。じゃが儂はもう60を過ぎた。もういいじゃろ。お主と何度も語り合ったように、今の時代は若者達の時代じゃ。儂らの時代はもう終わったのじゃ。いつまでもこんなジジイが居座っていたら若者が甘えて育たなくなる。


 ジンはゆっくりと、今までの人生を振り返りながらと語る。


 儂の人生は戦いばかりじゃった。戦場に行けば最前線で剣を振るい、人を、魔物を切り続けた。城に帰れば再び剣を握り若者達を指導して来た。じゃがもういいじゃろ。儂はもう疲れた。世界は戦いばかりじゃないはずじゃ。儂は儂が戦い、その結果出来た平和をみてみたいんじゃよ。


 アドルフはジンの言葉を聞き、腕を組み目を閉じた。

 つまりはジンは城を出て旅をしたいという事だ。友としてはその背を押してやりたい。

 だが彼はまだ現役の剣聖だ。つまりこの国には彼以上の剣の使い手はいないという事。

 剣聖とは代々、次期剣聖が現剣聖を倒しなるものである。

 60を超えて尚剣聖という事はまだ彼を倒せる者が居ないという証明にもなる。


 次の剣聖は、以前お主にも話した通りニクスの奴がやればよい。あれは若いが筋がいい。奴以外には考えられんじゃろう。


 ジンはアドルフの心の内を読み、次の剣聖の候補の名を上げる。


 ニクスは22になる若者だが、幼少期からジンが直々に剣を教え、その腕は王国では負けなしだ。その相手がジンでなければ、の話だが。


 アドルフはジンの顔を見て、もう一度深くため息をつく。友の顔は既に覚悟が決まっているようだ。もう何を言っても聞きはしないだろう。


 いつ旅立つつもりだ?


 明朝と思っている。


 あまりにも急な話だが、彼の顔を見れば恐らく以前から決めていたのだろう。確かにこの国はジンに頼り過ぎていた節がある。


 戦争の時、災害級の魔物が出た時だってジンは最前線に放り出されていた。剣聖になって45年、もう潮時かもしれない。


 分かった。せめて明朝は見送らせてくれ。それといつでも帰ってきてくれていいからな。お前さんはこの国の剣聖であり、英雄であり、我々の家族でもある。ここはお前さんの家だ。困ったことがあれば力になろう。


 アドルフの言葉にジンは微笑み、ありがとう。世話になった、と告げ部屋を後にしようと立ち上がった時、アドルフはジンに一つのメダルを手渡す。ジンがこれは何かと尋ねると、それは自身の信頼した者が持つ印。つまり、それを見せれば、その時ジンの立場は、発言は自分と同じものとなる。


 それを聞いたジンは目を見開き掌の上にある、金で出来王家の紋章の入ったメダルを見つめる。そこには確かに、アドルフの名前が入っていた。アドルフは、いつかジンが旅立つことを感じ取っていた。その為、これを作りいつジンが旅立ってもいいように肌身離さず持っていたという。


 それだけで、いかにアドルフがジンを信頼しているかがよく分かる。前国王と言っても、その権力は公爵以上。爵位はないが、現国王の次に権力を持つのが前国王とう人物だ。出来ればこれは使わないほうがいい。もしそれを誤った形で使えば、それはは前国王のアドルフにまで被害が及ぶ。だが渡した者を返されては、アドルフのプライドを、信頼を傷つける。ジンはお礼を言うと、ゆっくりと部屋から出て行った。


 予想外な贈り物はあったものの、漸くジンは長く背負っていた物が下せると安堵していた。部屋に入った時と違い、ジンは肩が軽くなっていた気がした。


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