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陽炎

 口を開けて驚くとはこの事かとジンは自身でそう感じた。陽炎の大泥棒と言えば、この国で知らない者はいないはずだ。何度か顔人相のかかれた手配書が出回ったが、その顔は毎回バラバラ。誰も本人の顔を覚えておらず、だけどあったかもしれないという記憶だけが残っているらしい。まさに南の国のことわざの一つ、陽炎を掴むかのような存在らしい。


 そんな誰もが知らず、知りたがっている大泥棒が自ら名乗ってくるとは。そしてそれがこんなひょひょな愛嬌のある笑顔を振りまく男だったとは。ジンはそれがにわかには信じられなかった。


 あ、その顔はオイラの言っている事が信じられないって顔だね?宜しい。ならばオイラが如何に凄い泥棒なのか、本当に陽炎と呼ばれた大泥棒なのか証明しようではないか!


 陽炎はわざとらしく両手を広げ、まるで舞台役者のような話し方をしてジンをニヤリと見つめる。こう挑発されてはジンはそれに乗るしかない。というより、ジンは本当に彼が本物かどうか、興味がわいてきていた。


 ふむ。確かにお主が本物かどうか、儂はまだ判断が出来ない。それで?どうやって証明するというのだ?まさか今から何かを盗むというのか?


 ジンの問いかけに、陽炎は大げさに右の人差し指を立て左右に振りながら、チッチッチッ、と舌を鳴らした。


 惜しいね。正確に言えば、オイラが既に盗んだものを見せるのさ。そうすればアンタはオイラの事を認めざるをえなくなるって寸法さ。


 周りの人がこの話を聞けば、大騒ぎになり人だかりができていた事だろう。だが今店はかきいれ時。皆腹をすかし酒を呑み友人らとの会話を楽しんでいる。他のテーブルでどんな会話が行われているかなんて気にする者はいやしないだろう。更にここは壁際の両隣りが空いている席。誰もジン達の会話など聞こえないだろう。


 ならば、それを見せ証明してみよ。


 いつの間にか、ジンは彼のペースに乗せられているのに気が付きながらも、どうしても彼がこれから見せてくれるものが気になり仕方なくなっていた。心のどこかで、彼がもしかしたら本物かもしれないという予感がしていた。

 

 ジンがその挑戦に乗ったことを確認すると、彼は再びにやりと笑い、ジンから目を逸らす事無く左の胸の内ポケットに手を入れ何かを取り出した。この短時間に、ジンは何度驚かされたのか。彼が取り出したそれらをゆっくりと手で取り、本物だと確認するとジンは目を丸くして陽炎を見つめた。


 こ、これをどうやって?


 ね?本物だったでしょ?オイラは陽炎。どこにだっているし、でも誰も捕まえられない。これを盗むことくらいどうってことないよ。


 ジンが確認しテーブルに戻すと、陽炎はそれを素早く手に取り胸の内ポケットに戻した。確かにこんな所で出していいものではない。それは以前、ジンが前国王アドルフに貰ったものと同類の物。貴族が自分の信頼できる相手にしか渡さないメダルだったからだ。それも一つではなく4つも。更にそれは公爵家の物が2つ、伯爵家の物が2つあった。


 あり得ないとは言わないが、こんな物を4つも所持している人間など他にはいないだろう。このメダルはその貴族の当主が後ろ盾になっている証拠。つまりそれを見せれば、その貴族が発言した事と同じ権力と信頼を得る事が出来る物だからだ。他人においそれと渡すものではない。


 つまり彼はそれを盗んだ、という事になるのだろう。信じられないが、現にそこにあった。貴族の屋敷というのは、常に複数の騎士、使用人らがいてセキュリティは万全のはず。そこに忍び込むだけで一苦労だろう。そしてそこからどこにあるかもわからない小さなメダルを探す事など、ジンからしたら不可能に近い芸当だ。


 成程。確かにそれは本物じゃった。だが考えてみよ。もしかしたら、お主は貴族達と仲のいい商人だったり、儂の知らない貴族の一人だったのかもしれない。ならばそれを持っている事に特に不思議はないはずじゃ。それだけではお主が陽炎とは信じられない。


 ジンは再び顔を引き締め、陽炎にそう言った。正直ジンは彼が本物の陽炎だと確信していた。今自身で言った言葉はでたらめだ。商人だって貴族だってそんなに沢山メダルを持っているはずがない。だがジンは負けず嫌いだった。彼の挑戦を受け、それが一度のやり取りで負けを認めてしまうというのが、ジンのプライドを許さなかった。


 どうじゃ?これ以上儂を驚かす事はできないじゃろう。まさかこれで儂が負けを認めないとは思わなかったじゃろう。さぁ、もっと儂を驚かせてみよ。さもなければ負けを認めるんじゃ。


 儂は元剣聖じゃ。簡単に負けを認めてやるものか。ジンは年甲斐もなく、いや、年を重ねて頑固になったのか。どちらにしろ、そんなジンの考えは、あっさりと覆されることとなる。陽炎は顎に手をやり唸り少し考えた後、両手を合わせ閃いたと言わんばかりに満面の笑みでジンを見つめた。


 あったあった!アンタを認めさせる物がもう一つあったよ!これ、見覚えない?


 そう言い彼がズボンのポケットから取り出した物を見た時、流石のジンも両手を上げて驚いてしまった。なんとそれは、ジンが腰に巻いていた魔法の袋だったからだ。常に腰に紐で括り付け、肌身はなさず持っていたものだったからだ。ジンは慌てて自身の腰に手をやり見ると、確かにそこにはあるはずの魔法の袋はなかった。


 一体いつの間に!?どうやって!?


 ジンは今にも陽炎に飛び掛かりそうな勢いで問いただした。そんなジンを見て、陽炎は満足そうに頷き、テーブルの下を指さしジンに見る様に促してきた。そこに答えがあるのか?ジンは慌ててテーブルの下を覗き込むと、そこには靴を脱ぎ上下に動かす陽炎に足があるだけだった。一体どういう事じゃ?ジンはテーブルから頭を上げると、そのタイミングで陽炎は口を開き、ジンに説明を始めた。


 オイラの足は、まるで手のように自由に動かせる自慢の足なのさ!ふふっ。だからなんだって顔してるね?いいかい?まず初めにアンタは見知らぬオイラが来て警戒したね?そしてオイラの正体を知って話を聞いて、警戒心に加え混乱してきた。そこでオイラがコインを出した。もうアンタの意識はオイラとコインに集中していたわけさ。もうそうなったら、オイラにとって腰の紐を解きこの袋をとるなんて朝飯前だね!


 何という事か!いや、しかし。ジンは油断などしているつもりはなかった。まして自分は元剣聖。そんな簡単に隙など作っていたら今迄生き残れたわけがない。そんな生半可な人生ではなかった筈だ。だが陽炎はそれをいとも簡単にやってのけた。いや、計算しつくされた結果かもしれないが、それにしても……。


 そこでジンはハッと何かに気が付き、そして納得した。そうか、この者には殺気も闘争心も、何もないんじゃ。人間何か行動を起こす時には、必ず何かをしようとする意思みたいなものが体に現れる。だがこの男にはそれがなかった。まるで息をするようにやってのけたのだ。気が付かないはずじゃ。何も感じないのだから。戦闘のプロの儂だからこそ、逆に出し抜かれやすかったのかもしれぬ。


 くくく。ワッハッハ!!そうかそうか!儂はまんまと出し抜かれたか!まさか今になってこんな方法で儂の事を出し抜ける者が現れるとは!!くくく、これは愉快じゃ!


 先ほどまでの険しく警戒心丸出しの時とうって変わり、突然笑いだしたジンに対し陽炎は一瞬驚くが、又すぐへらへらとした表情に戻り一緒に笑いだした。そのタイミングで料理が運ばれてきたのだが、それもちゃっかり二つ分あり、ジンはそれが愉快でまた声を出して笑ってしまった。


 ああ、よかった!やっと笑ってくれたね?オイラ、アンタの表情が怖くてちょっと泣きそうだったんだ。あ、これは返しとくね?オイラには使えないみたいだから。ささ、まずは料理が覚めないうちに食べちゃおうよ。おいらもう腹ペコなんだ。


 そう言うと、陽炎は先ほど盗った魔法の袋をあっさりと返してきて、運ばれてきた料理に手を付け始めた。まさか盗った物をこんなにあっさりと返されるとは思わず驚いたが、その時には陽炎は料理を美味しそうに頬張っていた。その満足そうな顔につられ、ジンは一度質問はやめて料理を楽しむことにした。


 むむ、旨い!この肉のソースはなんじゃ!コクが強いが、隠し味にフルーツを使っているのか。味は濃いのに後味がすっきりしていて年寄りでもいくらでも食べられそうじゃ。パンも自家製か?ふわふわなのに中身がしっかりつまっていて、噛めば噛むほどに旨い。これは此処を選んで正解じゃったな。流石儂。


 ジンは料理を一つ一つしっかりと味わい楽しんだ。食べる事はやはりいい。身も心も元気になる。そんなことを考えていると、気が付けば陽炎がジンの事をニコニコしながら見ている事に気が付き顔を顰める。なんじゃ?とジンが問いただすと、陽炎は怒らないでと両の手を前に出しながら口を開いた。


 違うんだ。アンタがあまりにも料理を美味しそうに食べているから驚いてね。ほら、オイラ達庶民からしたら、剣聖って、あ、元か。元剣聖ってこう、いつもお城でオシャレで豪華な食事ばかり食べているイメージだったからさ。オイラと同じものを食べて、オイラが美味しいって感じた物を、同じように美味しいって感じている事が嬉しくってね!!


 陽炎は少し早口でそう言うと、慌てて料理に手を伸ばし食べ始めた。変な奴じゃ。儂とて、剣聖とて人間。旨いものは旨いと感じるに決まっている。しかし、今一瞬陽炎の素の部分に触れたような。ジンはどこかそんな気がしていた。

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