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指導

 二人は正門から出て、街を囲う石造りの壁の外までやってきた。街は王都の傍にあるため、もしも魔物や他国が攻めてきた場合、この街は王都を守るための最後の要塞にもなる。王都の東西南北にある最初の街は、そういう理由もありしっかりとした外壁に囲まれてできている。


 街から少し離れた所まで歩くと、ジンは腰に据えた魔法の袋に手をかざし、袋に入った数枚の乾燥した葉を取り出す。街の外に出てから、レイヤは黙ってジンに付いてきた。もしかしたら早速剣を見てくれるのかもしれない。そう思っていたが、ジンにはそんな様子がなく、内心少し不安になっている。


 ジンは手に乗った数枚の葉を見つめながら、小さく『わが命に従い、灯れ』と呟く。ジンの手から蝋燭程の小さな火が灯り葉を燃やす。ジンはそれを地面に置くと、暫く遠くを見つめていた。


 辺りには風が草を撫でる音と、遠くから小さな鳥のさえずり以外聞こえない。昼下がりの暖かな日の光を浴び、レイヤもジンの視線の先をじっと見つめ何かを待っていた。


 風下の方、燃えた葉の煙が飛んでいった方向から、小さな黒い何かがこちらに向かってくる。ワーウルフだ。ワーウルフとは、草原のどこにでもいる弱い魔物で、駆け出しの冒険者が狩るような誰もが知っている狼。ジンはそれを見つけると、横までレイヤを見て口を開く。


 レイヤよ。お主の力だけで、あの4体のワーウルフを斬って見せよ。


 ジンの言葉に、レイヤは一瞬顔を顰めたが、それをすぐに引き締めワーウルフを見据える。王都の学校には様々な人間がいる。文官になりたいものもいれば、騎士や冒険者になり、その腕一つで成り上がりたいよ夢見る者も少なくない。


 そのトップにいた自分に対し、最下級の魔物と戦えと言われた。実力を見るならば、剣聖様自身が剣を抜き見てくれればいいのに。女だから見くびられている、そう感じたレイヤにとって、この状況はひどく不愉快だった。だが、それでもやるしかない。歴代最強と言われた剣聖様の前だ、きっと何かお考えがあるのだろう、そう思い直し顔を引き締め剣の柄に手を添えた。


 ジンが先ほど燃やした葉は『口笛葉』と呼ばれるもの。それを軽く唇に着け息を吐くと、まるで口笛を吹いているかのようなか細く高い音が鳴る事からその名が付いた。小さい子供たちがそれを旅の途中で見つけ皆で葉をちぎり音楽を奏でて遊ぶ光景は、旅人なら一度は目にしたことのある光景だ。


 だが、その葉にはもう一つの名が存在する。その別名を『魔呼び葉』という。その葉を乾燥させて燃やすと、その煙から発する匂いに釣られて魔物が集まるのだ。ジンはそれを利用して、今回魔物を呼び寄せたことになる。


 既にジンから数歩前に出るレイヤとワーウルフとの距離は近い。ワーウルフたちは、真っ直ぐレイヤとジンを睨みつけ、その距離を縮めていく。ジンの傍で戦っては、ワーウルフはジンにも攻撃してしまう。そう判断したレイヤは剣を抜くと、ワーウルフに向かい駆け出した。


 その距離はだんだんと迫り、レイヤは剣を横に構える。四対一なら、知能の低いワーウルフでも敵を囲い攻撃してくるだろう。だが、今回はその敵が真っ直ぐ自分達に向かって駆けてくる。囲っている時間がないと判断したワーウルフ達は、タイミングをずらすようにレイヤに向かい飛び掛かってくる。


 最初に飛び掛かってきたワーウルフが、レイヤの間合いに入る。剣の柄を強く握りしめ、右足を半歩前に出した状態でレイヤは左から右へ剣を振ろうとする。だがその瞬間、コツン、と肩に何かがぶつかり、レイヤの呼吸が一瞬乱れる。既にワーウルフの牙は、レイヤの目も前まで迫ってきていた。


 小さく舌打ちをして、レイヤは剣を振りぬくのを止めて、顔の横で横に構えたまま体を半歩右にずらす。ワーウルフの攻撃を躱し、突き出された鋭い爪を剣で受け流しながらダメージを与える。ギリギリで上手く攻撃を逸らし、次のワーウルフに視線を向けようした時、視線の端に先ほど肩にあたった何かの正体を捕らえる。


 小石だ。それもジンが投げた小石だった。レイヤの視線の端に、微笑みながら小石を手にしているジンの姿があった。レイヤはその事に驚き目を見開くが、戦闘の刹那、その理由を考えている暇はない。すぐに思考を切り替え、次のワーウルフに意識を向ける。


 一体目が顔の高さで飛び掛かってきたのに対し、二体目は体を低くして腰のあたりに噛みつこうとしている。その後ろでは、タイミングをずらして左右から交差するようにワーウルフが高さを変えて飛び掛かろうとしているのが見える。見事な連携に、レイヤは冷汗をかき横に強く飛んだ。一体目で体制を崩したレイヤに、次々に飛び掛かってくるワーウルフを斬るほどの技量はない。本能で悟ったレイヤは草の上に転がり素早く立ち上がる。


 運が良かったことに、レイヤは傷一つなく攻撃をやり過ごすことに成功する。だが、安堵するのもつかの間、綺麗に着地したワーウルフ達は、間髪入れずにレイヤを取り囲み迫ってくる。レイヤはちらりとジンを見る。彼は未だ小石を手にしてこちらを見ている。いつ彼がまた小石を投げてくるかは分からない。その事に苛立ちを感じながら、レイヤは迫りかかるワーウルフに向け剣を向ける。


 敵に囲まれた状態での戦闘の仕方も授業で習っている。一番簡単なのは、そのうちの一体を素早く斬り包囲を抜ける事だ。成績優秀なレイヤは、その事を一瞬で思い出し、一体のワーウルフに目掛け駆け出す。一体だけなら一撃で仕留められる。そう考えていたレイヤの肩に、コツン、と再び小石が当たる。だが、レイヤはこれを予想していた。ワーウルフとすれ違いざまに横一閃、レイヤは敵を切り裂いた。


 味方が殺された事に怒ったのか、ワーウルフ達は声を張り上げ突進してくる。知能の低さゆえか、そこにもう連携はなかった。ばらばらに飛び掛かてくる敵をすれ違いざまに、右上から左下へ、左下から左上へ、そして体を右半歩下げ胴体目掛け正面に剣を振るい敵を切り裂いた。敵が鈍い音が三回音を立て地面に転がり、そして再び動くことなかった。

 

 剣に着いた血を水魔法で軽く洗い流し、剣を素早く振って水けを切り鞘に納める。小さく息を吐き少し考えた後、レイヤはジンの前へと歩いていく。戦闘中に小石を投げつけてくるなんて言語道断。悪ふざけにしてはあまりにもたちが悪い。それでも目の前にいる老師は元剣聖、レイヤは口を開くことなくジンの前に立ち止まり、彼の言葉を待つ。小石の意図は考えても自分には分からなかった。恐らく口を開けば、小石の件で怒っている自分はその事でジンに文句を言ってしまうだろう。だから口を開かず、老師の言葉を待った。自分が納得するような、彼の言葉を。


 自分の前に立つ少女の顔は真っ赤に染まり、その眼は鋭く一目で怒っているのが分かる。それでもジンは微笑み表情を崩す事無くレイヤを見つめ口を開く。本当に、儂の弟子になりたいのか、と。その言葉に、レイヤは間髪入れずに強く頷く。未だ先ほどの件で腹は立っているだろうが、それでも彼女の瞳は輝き真っ直ぐジンを見ていた。

 

 なら、その対価を頂くかのう。


 ジンはいやらしい笑みを浮かべ、そして両手をゆっくりとレイヤの胸目掛け伸ばしていく。レイヤは一瞬、目の前の老師が何を言っているのか理解できない様子だった。固まり唖然とし、自分の胸目掛け伸ばされる両手を、ただ黙ってみる目ている。だが、女性の防衛本能か、次の瞬間顔を真っ赤にしてジンの手を振り払い、ジンの顔をはたこうと手を素早く振りかざす。


 だがその手がジンの頬を叩くことはなかった。その手をジンが受け止めたからだ。レイヤは一瞬驚くも、すぐにジンに対して涙目で睨みつける。その眼から失望の意思が見える。まさか、元剣聖ともあろうものが、剣を教える対価として体を要求してくるとは思わなんだからだ。老師を信じた自分が愚かだった。絶望したレイヤは歯を食いしばる。だが次の瞬間、ジンから発せられた言葉を聞くと、レイヤの再び驚くことになる。


 さて、冗談はさておき。自分の右足を見てごらん。自分の体の重心をみて、どう感じる?今お主の重心はずれ、今なら子供だってお主を倒すことが出来るだろう。こんなふうにの。


 ジンは掴んだレイヤの手を軽く引くと、レイヤは小さく悲鳴を上げジンの横に転がってしまった。地面に転がったレイヤは、驚きジンを見上げる。その表情には転がされた怒りはない。まさか、こんな簡単に自分が地面に転がされてしまうとは、と驚いているようだ。その表情をみて、ジンは優しく微笑み手を引き、レイヤを立ち上がらせてあげる。


 一体何が起きたのか。それが分からないレイヤは、自分の手を見て、ジンを見つめると、再び自分の手を見た。どうやら彼女はまだ気が付いていないようだ。その事を理解したジンは、自分の考えを話す。


 レイヤは若いが、その剣の腕は確かだろう。戦闘中に小石を投げたのは、レイラならそんな不測の事態にも対応できると確信していたからだ。馬車で盗賊に襲われた際、レイヤは素晴らしい反射神経で飛んでくる矢を叩き落していた。そんな彼女なら、小石一つでワーウルフごときに遅れはとらない。

 

 だが、いかんせんまだ若い。それもついこの間までは学生だったのだ。それが何を意味するか。それは、圧倒的な実践不足だ。剣を振るう姿勢、その手腕は見事なものだ。若い騎士達のお手本にしてほしいくらいに。恐らく何度も剣を振りながら修正し、その技術を身に着けてきたのだろう。だが、それはあくまで練習の場で。予想外な事が起きた場合、その技術が生かせないのでは意味がない。


 そこまで話すと、レイヤは漸くジンの行動の意味が分かった。ジンが小石を投げてきた際、レイヤは体制を崩し、一度ワーウルフから逃げ体制を立て直さなくてはならなかった。そしてレイヤの手を引いた時もそうだ。防衛本能から無意識に攻撃したレイヤの重心はブレ、まるで村娘のような攻撃をしていた。


 一万回。一万回実践を積んできなさい。魔物相手でも、人間相手に決闘してもよい。先も述べたように、お主には圧倒的に実践が足りていない。逆に言えば、お主は基礎がしっかりしている。もう誰かに学ぶ事もないじゃろう。だから一万回。戦って戦って、実践の中で剣を振り続けなさい。話はそれからじゃ。


 一万回。果たして生きているうちに、そんに誰かと戦う事などあるのだろうか。だが、目の前の老師の瞳を見れば、それが冗談ではない事がわかる。恐らく、この老師は本当にそれをやってのけたのだろう。目の前の老師はは、それだけ剣を振り続けてきたのだろう。


 その言葉だけで、自分と老師の実力がかけ離れているか伝わってくる。まさに雲の上の存在。剣の技術も、その経験値も、圧倒的に違うようだ。


 その事を理解したレイヤの全身に鳥肌が立つ。だから目の前にいる老師は歴代最強と言われたのだ。それだけの努力をしてきたのだ。そんな雲の上の存在のような老師が、今自分の目の前にいるのだ。


 レイヤは心の中でその事を理解し歓喜し、無意識のうちに一歩下がり膝を付き頭を下げる。


 ありがとうございます。おかげで目が覚めました。私は、いかに小さな世界で生きていたかを知りました。おかげで、私の目指す場所が、道が見えた気がします。必ずや、一万回の実践をこなしてみせます。そして、もう一度貴方様の前に現れます。その時は、是非もう一度、私目の剣を見てください。


 目の前で跪いて頭を下げるレイヤの言葉を、ジンは微笑み頷きながら聞き、分かった、と短く答える。その事が嬉しかったのか、レイヤは満面の笑みで顔を上げ、もう一度お礼を言った後、走って街に帰っていった。恐らく早速、クエストを受けるか、ギルドの地下の訓練場で片っ端から冒険者達に決闘を挑むのだあろう。


 これでいい。流石にレイヤが一万回実践をこなした頃には、儂は寿命が尽きて死んでいるじゃろう。弟子とは生きてとるもの。死んでしまったら弟子などとれない。じゃから弟子に出来なくても仕方ないじゃろう。そもそも弟子にするなんて一言も言ってないし。ちゃんと剣も見助言もしてあげた。そして儂は厄介事を回避できた。互いにとって悪くない時間が送れたわけじゃ。儂天才。


 ジンは満足そうに彼女の背中を見つめ、自身も街に向かってゆっくりと歩いていく。街にたどり着く頃には、再び屋台から美味しそうな匂いが漂ってくる。ジンは気分を入れかけて、ちょっと屋台めぐりでもしようと考える。上手い飯を食べながら、道行く綺麗な女子でも眺めようと。面倒事を上手くかわしたジンは、人ごみに紛れ暫く大通りに並ぶ屋台の料理を楽しむのだった。

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