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少女

 王都から南に3日進み、次の街『ロッシュ』に辿り着く。王都から一番近い街とあって、街は大きく活気があった。行きかう人々の多くは旅支度をし大きな荷物を抱えて移動している。これから王都へ行かう者、王都から地方へ帰る者。ここはその中継地点となっている為、宿屋が多くみられた。


 石畳の溝にタイヤが当たるたびにリズムよく馬車が揺れる。日はまだ真上を少し過ぎたばかり。道の両脇に所せましと存在する露店から、様々な美味しそうな匂いが漂ってくる。肉やソースの匂い、野菜や魚で取った出汁で作ったスープの匂い。そんな匂いに釣られ、馬車の上の少年少女は、口元から涎が零れ落ちそうな表情で露店を眺めていた。


 彼らの親はそんな我が子に苦笑し、身を乗り出し辺りを見ている彼らが馬車から落ちないようにその手をしっかりと握っている。恐らく親たちは馬車から降りた後、子供達に振り回されながら露店で食事をするのだろう。これからが大変だ。親達の苦労を考え、ジンは彼らの様子をくつくつ笑いながら見ていた。老夫婦も少女も、そんな子供の様子に頬が緩み、先ほどの騒動などなかったかのような暖かな空気が馬車の上を包み込んでいた。


 本当にありがとうございました。貴方様がこの馬車に乗り合わせていいなかったら、私達は今頃死んでいたでしょう。


 大通りの一角、広場の馬車の停留所に辿り着き荷台から降りると、タブスが改めてジンにお礼を言い去っていく。他の乗客も次々にお礼を言い、おじちゃんありがとう!と大人にならい、無邪気な子供達もジンにお礼を言ってくる。一人一人丁寧に対応し、子供頭を撫でながらジンは思う。


 短い付き合いじゃったが楽しかった。城で剣を振るっていたら、こんな素敵な出会いは出来なかっただろう。外に出てみるものじゃな。旅とはいいもんじゃ。


 彼らは最後に自分達が住んでいる街の名前と、改めて名前を言い残し去っていった。自分達の街に来たら必ず声をかけてください。改めてお礼をさせてください。その言葉は、城にしか知り合いのいないジンにとってとてもい嬉しいものだった。老夫婦に限っては、ジンの手をまるで上等なガラスでも触るように丁寧にとり、お礼を言ってくる。


 生きているうちに剣聖様とお会いできて、こうしてお話させてさせて頂きとても幸せでした。私達は小さいころから剣聖様に守られ、こうして幸せに暮らせいます。死ぬ前に一度でいいからお会いしてみたかった。お礼を言いたかった。本当にありがとうございます。


 老夫婦はジンの目を真っ直ぐ見つめ、その想いをゆっくりと口にした。どうやら二人は以前起きた戦争地の近くに住んでいた事があったそうだ。敵軍は近づき、もう駄目だ、そう思った時、彼らは剣聖が現れ、そのわずか半日後には敵軍が撤退していった事を知ったそうだ。


 彼らはその事を話し、おかげでここまで長生きできたと嬉しそうに語った。ジンは目頭が熱くなるのを感じ、それを堪えながら二人の話を微笑みながら聞いていた。改めてお礼を。老夫婦はそう言い、何度も振り返り頭を下げながらゆっくりと行き交う人々の中へと消えていった。

 

 馬鹿者、お礼を言いたいのは儂の方じゃ。幸せに暮らしてくれてありがとう。生きててくれてありがとう。


 既に見えなくなった老夫婦の背中を見つめ、ジンは誰にも聞こえない声で呟いた。これまで数えきれないほど剣を振ってきた。数えきれないほどの魔物を、人を斬ってきた。その中で、何のために剣を振っているのか、誰の為に戦っているのか分からなくなることがあった。今回の旅は、そんな人生をかけて守ってきた国を、人々の笑顔を見たいが為だ。


 彼らからしたら、ジンのお陰で生きてこれたのだろう。だがジンからしたら、そんな彼らが背にいるからこそ、今まで戦い続ける事が出来たのだ。そんな彼らが、貴方のおかげで幸せに暮らせました、ありがとう。そう言ってくれた。ジンはそれだけで報われる思いがした。これまで戦った全てが無駄じゃなかったと実感できたのだ。熱くなる目頭を押さえ、あふれ出る気持ちを抑えるようにゆっくりと深呼吸をする・


 儂は元剣聖じゃ。最強の儂が道端で老夫婦に泣かされてたまるか。沢山の人前で、絶対泣いてなんかやるもんか。


 そう自分に言い聞かせ、自分を律する。まぁ結果的に、この日の夜ジンは老夫婦の言葉を思い出し枕を濡らすのだが、それはまた別の話だ。


 さて、そろそろ行こうか。そう思った時、馬車に乗り合わせた市民に扮した貴族の少女が未だジンを見つめ経っている事に気が付いた。恐らくジンが老夫婦と話をした後何か考えている事に気が付きそれが終わるのを待っているのだろう。どうしようか、面倒事な気がする。逃げちゃおうかな?でもちょっと可哀想かな?未だ老夫婦の背中を見つめ、色々考えているふりをしながらジンは悩む。


 暫くそうしていたが、少女は一向にジンから視線を逸らさない。ジンは小さくため息をつき、人ごみから視線を逸らし少女と反対の方向へと歩き出す。


 剣聖様、お待ち下さい。ジンが足を一歩踏み出したところで、少女から声がかかる。まぁしょうがない、話くらい聞いてやろう。ジンは諦め振り返ると、こちらを真剣な眼差しで見つめる少女と向き合うことにした。


 何かなお嬢さん。とりあえず、人前で剣聖の名を口にするのはやめて欲しいんじゃが。


 ジンは出来るだけ優しく、まるで子供に話しかける様に語りかける。ジンの言葉で少女はハッとなり慌てて辺りを確認する。幸い、剣聖の名に反応する者はいたが、ジンと少女の容姿をみるなりすぐに視線を逸らしどこかへと歩いていく。世間で剣聖と言えば、銀の鎧に身を包んだ騎士を連想するだろう。周りからすれば、剣聖の話で盛り上がる少女と老人の姿に見えているのかもしれない。


 そんな周りの反応に少女は安堵し再度ジンと向き合うと、一呼吸置いた後意を決したように口を開く。


 どうか、私を弟子にしてくださいませんか?


 少女の言葉に、ジンは驚きはしなかった。その言葉は、予想していた少女から言われるであろう言葉の選択肢の一つだったからだ。剣を教えてください。我が屋敷に来て下さい。助けてください。弟子にしてください。まぁ、そんなところだろうと。


 ふむ、すまんの。儂は引退した身。もう弟子はとらんのじゃよ。


 長く白い髭を撫でながら、ジンは小さな子に言い聞かせるように話す。ジンは今まで散々剣を教え、弟子を育ててきた。この国の騎士隊長達、副隊長達。国王だってジンの弟子だ。折角引退し、漸く自分の為に時間を使おうというときに、弟子などとりたくもない。


 仮に、仮に胸の大きくグラマラスなお姉さんだったちょっと考えたかもしれないが。だが、それでも考えるだけで、弟子にはしないだろう。仮に、仮にそのグラマラスな女性が、パンツを見せてくれるのだったら流石に儂も心揺らいでいたかもしれない。だが、それでも揺らぐだけで弟子にはしない、と思う。多分。その場合は、とりあえず剣の腕を見るために少ーし一緒に旅をするかもしれない。


 断られるのは覚悟していたのだろう。ジンの言葉を聞いて尚、少女の瞳はまっすぐジンを見ていた。ジンは髭を撫で考える。どうしようか。やっぱり逃げちゃえばよかった、面倒な事になってきた。そんな事を考えていたジンの手がピタリと止まる。そうだ、適当なことを言って納得させればいい。そうすればどっか行くじゃろ。


 そう考えたジンは、少女に付いてくるように言う。さすがにすぐには弟子にしてもらえるとは思っていなかった少女が、その可能性を感じて満面の笑みを浮かべ付いてくる。そんな笑みを浮かべるな、騙している様で心苦しくなる。


 目的地に向かう道中、ジンは少女に何故強くなりたいのかと聞いた。少女の名前はレイヤ、目鼻立ちが整った綺麗な金色の髪をした少女だ。そしてレイヤはやはり貴族の出らしい。王都の学校に通っていた彼女の成績は学年で一番だった。筆記も、実技も共に学年一位。だが、そんな彼女の元に親からの手紙が届き、その内容を見たレイヤは学校を辞めて飛び出してきたそうだ。


 手紙の内容は、レイヤの結婚の事。別の貴族の男との政略結婚の話だったらしい。それ自体は珍しい事でないが、レイヤにはどうしてもそれが受け入れられなかった。その理由として、一つが結婚相手。それがレイヤの学校の先輩らしいのだが、いかんせんその男は権力に胡坐をかいた駄目男らしい。


 テストの成績もよくない、剣の腕も、魔法の才もない。そのくせ、平民には権力でいばり女を無理やり我がものにしようとする。レイヤの話を聞き、まさに古典的な悪い貴族のような男だとジンは感じた。


 昔は貴族と言えば、嫌らしく、欲しいものは無理やりにでも手に入れ、好き放題して生きている者のような印象がある。だが、当然そんなことをしていては国は回らず貧富の差が激しくなり犯罪に溢れ崩壊する。そして新たに国は出来、崩壊する。そんな事を何度も繰り返し、現代では貴族の在り方は大きく変わっている。


 どこの国でも貴族と平民の境界線は薄くなったと言えるだろう。勿論、そこが曖昧になってしまうのも良くない、それでも、様々な改革により貴族の独裁政権時代は幕を閉じた。


 その一つの例として、学校が上げられる。昔は学校と言えば、貴族のみが通え学べる場となっていた。だが現在は貴族へ移民と分け隔てなく通える様になっている。更には学校の中では貴族と平民は平等な扱いというのが決まりだ。それを決まりを大きく逸脱した生徒は、たとえそれが王族であっても退学。場合によっては罰が与えられる。


 つまり、レイヤの婚約者になるはずだった男性の考えは、悪しき昔の貴族の考え方だという事だ。だが貴族の中にはそういう輩は未だに一定数居るのが現状だ。貴族と平民をひとくくりにするなど言語道断。そういった貴族派の連中は少なからず存在する。 


 レイヤはそんな男の考えが受け入れられなかったのだろう。それが一つ目の理由だ。そしてもう一つ、レイヤは武の道に生きたかったから。それが冒険者にしろ、騎士にしろ、彼女は自分の人生は自分で切開きたかった。それが二つ目の理由だそうだ。レイヤは次女、その爵位を継げない立場な以上、家としては政略結婚させて役立ってほしいのだろう。


 政略結婚に関しても、現在では本人の意思が尊重される。いくら親の決定とはいえ、本人が嫌なら結婚は認められない、それが現代の考え方だ。勿論、色々なしがらみで断れない者も多くいる事は確かだが。


 ジンの歩調に合わせ隣にぴったりと付いてくるレイヤを横目に見て、ジンの考えが少し変わる。彼女は貴族としての立場を捨て、己の腕一本で生きようとしている。16歳の少女が、初めて一人で歩き冒険者となって生きようとしている。


 ああ、やっぱり関わるんじゃなかった。情が生まれてしまうではないか。


 ジンは再び逃げなかった事を後悔する。もし、自分達の娘が生きていたなら20歳になっていただろう。レイラとは少し歳は離れているが、そんなもの老人からしたら誤差の範囲。こうして一緒に歩き、旅をしていた未来もあったかもしれない。


 適当に教えるのはやめよう。短時間でしっかりと教え、そしてさっさと離れよう。


 心の奥底に痛みを感じ、ジンはそう結論を出した。いつまでも一緒に居ると、思い出したくない過去を、あるはずだった未来を思い描いてしまう。そう考えたジンは少しだけ歩くペースを上げるのだった。

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