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盗賊

 そんな旅の3日目、もうすぐ次の街が見えるかと思っていた時、それは起きた。それまで楽しそうに話をしていたジンの雰囲気が突然変わり馬車の上の空気が変わる。そんなジンの雰囲気に気が付いたタブスが思わず馬を止め何事かと辺りを警戒する。


 ヒュ、と空気を切るような鋭い音がしたと思った瞬間、馬の横に数本の矢が転がる。それに気が付いた冒険者達が一斉に武器を手に取り、同時に近くの林の中から馬に乗った十数人の男達が姿を現した。


 おいテメェら!命が惜しけりゃ武器を置いて、荷物を置いて馬車から降りろ!あと女もは馬車から降りなくていいぞ!俺達が馬車ごと貰って可愛がってやるからよ!


 盗賊の頭だろうか。先頭にいた男が剣を手に持ちながら叫ぶと、その仲間たちは下品な笑い声をあげ馬車の周りをぐるぐると周りジン達を煽ってくる。彼らは小汚い服装をしていた為、風に乗って嫌な匂いが馬車まで漂ってきていた。


 ふむ。何かがおかしい。違和感に気が付いたジンは、素早く目を動かし、そして違和感の正体に気が付いた。ジンは剣の柄を握ると、怯える少女の頭を撫で微笑み、乗客に聞こえる声で、大丈夫じゃ、と優しく声をかける。


 そんな緊迫した空気の中、一人微笑むジンに腹がたったのか、男だけ殺しちまえと盗賊の頭が声を上げ戦闘が始まろうとした。戦いの口火を切ったのは、盗賊の頭と一人の剣士の冒険者だった。馬上から振るわれた剣を、冒険者はしっかりと受け止め盗賊の男を馬車には近づけさせていない。ジンは感嘆の声を漏らす。馬の進行をしっかり止めて見せた冒険者の身体強化魔法は大したものだ。彼は中々腕のたつ冒険者なのだろう。


 加勢するぜ!他の剣士の冒険者が剣を構え、盗賊の方へ一直線へ向かっていく。だが、そこでそれを見ていた他の冒険者が声を上げる。なんと、加勢に向かっていったはずの剣士の剣が、加勢されるはずの仲間の冒険者の首元へ真っ直ぐ降り下ろされようとしていた。誰もがその状況を理解できず、彼が死んだと思った。


 だがその瞬間、仲間を殺そうとした冒険者の頭に何かがぶつかり、その男は何が起きたのか理解する事なく地面に転がった。盗賊も、冒険者も、馬車の上にいた人々も、一体何が起きたのか理解できずに辺りに静寂が訪れる。盗賊と戦った冒険者の加勢をしにいった冒険者が、仲間を殺そうと剣を振るい、そして倒れた。皆がその事を理解し出した時、一人の老師だけが動いていた。


 ほっほっほ。やっぱりの。お主らは盗賊の仲間だったか。


 再び緊迫した空気に似つかわしくない、一人の老偉人の呑気な声が静寂を破る。皆がハッと声のする方を見ると、馬車の荷台の横に立つ一人の老師の姿をとらえる。老師は涼し気な顔で小石を手にし、倒れた冒険者を見つめていた。


 そこで盗賊の男は何が起きたか気が付き、背筋が冷えるのを感じていた。恐らく倒れた男は、あの老人が投げた小石が頭に当たり気を失ったのだろう。だが、そんな事をした老人に、誰も気が付いていなかった。つまり、あの老人からは殺気も、戦意すら感じなかったと言ことになる。何も感じないただの老人。だが、長年の経験からだろうか。盗賊の頭は、何故かあの老人が怖いと感じていた。


 そこのお嬢ちゃん。あそこの林に矢を構えた伏兵が三人おる。やつらから馬車を守っててくれんか?先ほどのように。


 武器を構え睨む敵を無視して、ジンは荷台にいた凛とした顔の少女に話しかける。声をかけられた少女はハッと林を見て、自分より先にその事に気が付いた老人に驚きジンの顔を見つめ、ゆっくり頷いた。実は最初に飛んできた矢を魔法の障壁で落として見せたのが少女だった。


 目鼻立ちが綺麗に整い、綺麗な金色の髪をした少女。その服装は一般市民のように見せかけているが、市民には似つかわしくない上質な衣服に身を纏っていた。その事に本人が気が付いていない事から、多少世間の市民と離れた感性をしている事から、ジンは彼女が貴族だと見破っていた。恐らく王都の騎士魔術学校の生徒。その為多少の腕は立つことは分かっていた。先ほど飛んできた矢をジンが斬り落とそうとする前に、少女は魔法障壁で矢を落とした。彼女なら馬車を任せてもいいだろうというジンの判断だ。


 ジンが違和感を感じた正体はいくつかあった。まず盗賊たちの初手が矢だったのにも関わらず、馬に乗って現れた彼らの手には矢が無かった事。ならば伏兵がいるはず。それから林に隠れた盗賊の仲間を見つけるまであまり時間はかからなかった。


 次に冒険者達の殺気の数だ。キャラバンを守る冒険者の数は12人。それに対し、殺気は半分くらいの人数からしか発せられてなかった。そして殺気を出していない、先ほど倒れた冒険者の口元は笑っていた。二つのことから、ジンは冒険者の中に盗賊の仲間がいる事に気が付いていた。


 この倒れた男の仲間、お前さん達盗賊の仲間じゃろ。冒険者諸君、彼らにも警戒せよ。


 ジンがそう告げると、盗賊たちに明らかな動揺が走る。ジンはその事を見逃さず、深くため息をつく。せっかくの楽しい旅の始まり。先ほどまでほのぼのとして楽しかったのに。その事を考えると、ジンはちょっと腹が立ってきた。冒険者達に任せてもいいが、馬車から降りちゃったし、儂もちょっと手伝うかの。


 そう考えたジンは、なんの飾り気もない剣を柄から抜き取る。そしてゆっくり足を前に進めながら、剣の腹で肩をポンポンと叩きながら悠々と歩く。ジンと盗賊の頭の距離が少しづつ迫っていく。だが誰も動かず、声も発しない。見ようによっては腕の立つ冒険者の剣を受け止めた盗賊の頭。そんな男に、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で近づく老人が信じられず、ただ黙って息を呑んだ。


 おじいちゃん!危ないよ!!


 そんな呑気なジンを見て、荷台にいた少女が声を上げる。その声に、あろうことかジンは微笑みながら振り返り、大丈夫じゃよ、と優しく声をかけていた。その瞬間を盗賊の頭が見ん逃すはずない。馬の手綱を強く引くと一瞬でジンに近づき剣を首元目掛け振り下ろす。


 老人が死んだ。誰もがそう思っただろう。だが次の瞬間、ジンの姿が消え、気が付けば先ほど同様剣を肩に置き、盗賊の頭の乗る馬の後ろに立っていた。皆の頭の中にクエスチョンが浮かぶ。と同時に、盗賊の頭がずるりと馬から落ち、乗り手の失った馬は馬車の手前で急停止した。


 何が起きたのか。その事を理解する前に、盗賊の仲間が叫び次々にジンに向かって馬を突進させてくる。この老人はヤバイ。盗賊たちは本能的にそう感じ馬を走らせていた。殺さなきゃ殺される。そう感じだろう。だが彼らの剣をジンをとらえることなく、気が付けば全ての盗賊たちが地面に転がされていた。


 剣聖。盗賊たちが倒され、再び訪れた静寂に誰かの呟きが響く。その呟きを聞いた冒険者達は、先日起きた事件を思い出す。年老いた剣聖が引退し、冒険者になった。老師は冒険者ギルドに現れ、最強と謳われたギルドマスターを倒した。

 

 誰も口にしないが、誰もが確信していた。彼が噂の元剣聖。歴代最強と言われた、剣聖なのだと。


 ほれ、どうした?お主らもやるならかかってきなさい。相手をしてやるから。


 ジンは残った盗賊の仲間の冒険者達だけに軽く殺気を飛ばす。ヒッ、と彼らは息を漏らし、そして尻もちを着き武器を手放し降参を現した。それを確認したジンは、冒険者達に目で合図をし、それに気が付いた冒険者達が慌てて彼らを縄で捕縛していった。


 んん?逃がすわけないじゃろ。


 聞こえるわけないが、ジンは林に隠れる盗賊の仲間に向かいそう呟き、剣を横に構え、横一線に剣を振るう。


 王国剣術、『風の太刀』


 ジンが魔力を込めた剣を振るうと、見えない魔力のかまいたちは林に向かい一直線に飛んでいき、そして音もなく林の木々を斬っていった。木々はすぐさま大きな音を立て倒れていき、それと同時に林の方から三つの叫び声が聞こえてきた。


 それを見た冒険者達や馬車の上の人々は口を大きく開け固まってしまう。振り返り、その様子に気が付いたジンは、微笑みながら彼らに言った。


 これで一件落着じゃな。全く、つまらん相手じゃったのう。


 一瞬の静寂の後、冒険者達は興奮のあまり声を上げ、タブスは手を叩き喜び、乗客たちも歓声をあげる。こうして馬車も乗客たちも無傷で、無事盗賊たちを捕縛する事に成功するのだった。


 捕らえた冒険者達は口を閉ざし、何故このような事をしていたのか、一向に話そうとしなかったが、ジンが少し殺気を出すと顔を青くして慌てて我先にと口を開き事情を話し出した。


 彼らはCランク冒険者だったが、そのランクはあの盗賊たちとうまく連携して成り上がっていたそうだ。時に今回のように盗賊の為に獲物を運んだり、ギルドの情報を流し他の冒険者が向かう先に彼らを誘導したり。見返りに奪った金や女を回してもらったり、厳しいクエストを手伝ってもらっているという事だ。


 ジンの殺気で、まるで自身の心臓を掴まれているような感覚に陥っている彼らは、聞いてもいない様々な情報を吐き出し続けた。その中で意外だったのが、今回このタイミングで馬車を狙ったのは、偶然ではないという事だ。


 あのおっさんが大事そうに抱えている物。それが俺たちの本当の目的だったんだ。


 縄で縛られた冒険者の一言で、皆が一斉に荷台の上で怯えている一人の男性を見つめる。突然皆に見つめられた男性は驚き、慌てて荷台から飛び降り逃げようとする。が、日頃運動など無縁なふくよかな体系をしたおっさんが荷台から飛び降りれば、当然体が付いていかずに足が縺れ転んでしまう。上手く受け身が取れず顔から舗装された土の上に転んだ拍子に、今まで四六時中大事そうに何かにおびえる様に抱え続けていた袋を落とし、その中身が地面に転がる。


 それを見たジンは目を見開き固まってしまう。見覚えのあるものだ。忘れるはずもない。それは、以前帝国との小競り合いの最中敵が使用した物だったからだ。あれはまだ若い頃の話、珍しく、剣聖のであるジンと、後に妻になる筆頭宮廷魔導士のメアリーが共闘したときの事。


 敵はその不気味なほど黒いガラス玉を叩き割り、そして大量の魔物を呼び寄せた事があった。その時は敵もあまりその効果を分かっていなかったようで、魔物の群れは使用者である帝国を襲い、王国側には大した被害がなかったが帝国側には甚大な被害が出ていた。


 メアリー曰く、あれは人の悪意を集めた物。他者を心から恨み絶望した者の命を集めた物らしい。ジンはその時、珍しく冷汗をかき悲しい表情をしながら説明したメアリーの顔は今でも忘れない。それについてそれ以上詳しい事は分からなかったが、兎に角それは決して人が持っていてはいけない物、この世にあってはいけないものだと、メアリーは言い話を締めくくっていた。


 恰幅の言い40代くらいの男性が、慌てて起き上がり不気味な程黒いガラス玉に手を伸ばす。だがそれより速くジンが動き、ガラス玉の横に立ちそれを丁寧に抱きかかえる。


 これをどこで手にした。言え。


 捕らえた冒険者達より遥かに強く冷たい殺気が男性を包み込む。ジンの発した殺気は男性だけでなく辺りにも漏れ、周りの人々も息を飲み冷汗をかく。それが何かは分からない。だが、元剣聖を怒らせるほどの何か、とても危険なものだという事だけは理解できた。


 殺気を受けた男性は、そのあまりにも恐ろしい殺気を放つ老師が何倍にも大きく恐ろしいように感じる。口を閉ざしても、嘘をついても恐らく殺されるだろう。生き物としての本能がそう告げ、男性は頭で考えるよりも先に口が開き言葉を発した。


 そ、それは預かったものです。私はそれが何なのか理解せずに運んでいました。本当です!信じてください!


 男の言っている事が嘘ではない事は、ジンにはすぐに分かった。だが、それだけでは情報不足だ。更に男に詳しく話を聞く。


 男性が言うには、男性は奴隷商人だったそうだ。だったというのは、事業に失敗し借金まみれになってしまったからだ。その為奴隷商人を辞め、自分が奴隷に成り下がるしかなかった。だがそんな時、一人の真っ黒なローブを着た男性が声をかけてきたそうだ。


 これを指定の所まで運べ。そうすれば、お前の借金は全て肩代わりしてやろう。


 なんとも怪しい話だ。だが、男性には選択肢が残されていなかった。藁にも縋る思いで、男性はその話に乗りこうしてガラス玉を運んできたそうだ。


 運び先は、この先にあるスタンリー伯爵の秘書のデーヴ。それ以上の事は、本当に知らない。男性はそこまで話すと、ジンの殺気に耐えられなかったのか、気を失ってしまった。


 ジンは深くため息をつく。せっかくの楽しい旅が、いきなり邪魔されてしまったからだ。ジンが殺気を消し、それに合わせ爽やかな風が皆を包み込む。風を全身で感じ、皆の止まっていた時が動き出す。額に描いた汗を拭い、男性の話を聞いていなかったように皆そっぽを向く。危険な話は知らない方がいい。彼らは皆同じことを感じたのだろう。


 ジンは腰に備え付けてある魔法の袋にガラス玉をしまうと、タブスを呼び冒険者と話をする。捕らえた冒険者達を連れて次の街まで運ぶことは出来ない。それほど荷台に空きがないからだ。幸い次の町が近いため、冒険者達を見張り役に残し、一同は次の町へと向かう事となった。そこでタブスがギルドに報告、兵士を集め、捕らえた盗賊と冒険者達、それにガラス玉を持っていた男性を捕まえに寄こすという事で話は纏まった。


 見張り役の冒険者達、特に盗賊に斬りかかり殺されそうになったリーダーの男は、ジンに何度もお礼を言い彼らと別れた。空は相変わらず晴れ渡り、まだ少し冷たいが気持ちのいい風が草草を揺らすが、一同の心はどこか沈んだままだった。命を狙われた事、よく分からないがとても危険なガラス玉を持っていた男性がいた事。これから何事もなければいいのだが。一同はそんな不安が頭から離れなかった。


 ガラス玉の事は他言しないように。ジンは改めて馬車に乗っている皆に、自分が元剣聖だと明かした後話す。だが安心してほしい。この事は自分を含め、国が総力を挙げ解決する。その事を伝えると、皆は安心し空気は軽くなった。盗賊に襲われる前のように皆が安心しきっているのは、ジンの存在が大きいだろう。国が総力を挙げて解決する、そう言われても皆からしたら漠然としすぎて分からない。だが、盗賊を一瞬で捕まえたジンがいれば、自分達からしたら何をしたか分からない程の実力を有した元剣聖がいれば。彼の言葉には、彼の存在は、皆にとってそれだけ大きく頼もしいものだった。

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