8 勇者ナナ【ナナ視点】
早めに書きたかったナナ視点のお話です。
コメディ色が強くなる予感です。
あたしは牧葉那奈。
基準がよく分からないけれど、あたしは勇者の職を持っている。
前世の記憶を持ったまま転生し、コロナの身体に同居している。
身体に寄生する精神生命体と言った方がいいかもしれない。
何故ならば、あたしはコロナの意識があるうちは決して表に出れないからだ。
コロナは眠ると深くまで意識が落ち、滅多なことでは起きない。
まるで外部からの音を遮断するかのように眠る。
大きな落雷の轟音、魔物の咆哮、魔法の衝撃音といった普通なら飛び起きる音ですら起きない。
そのおかげでコロナが眠ったあとは、コロナの身体を自由に使わせてもらうことに特段な苦労はしなかった。
コロナが表に出ているとき、あたしは裏というか奥というか、小さな空間にいる感じだ。
意識はあるのに何もできないもどかしさは感じるのだけれど、ある意味この状況はあたしだから耐えられているのかもしれない。
前の人生は、不治の病にかかり17歳で人生を終えた。
高校に入学してすぐに発症し、症状の進行ともに体中の筋力を失っていった。
それから死ぬまでの2年間、ほとんどを病院で過ごした。
症状が進むにつれ日に日に身体に繋げられる機材や点滴の数が増え、物を持つことも、自分の身体を動かすことも、食べることも、話すことも困難になり、最終的には自発呼吸ですら機械による補助が必要だった。
治る見込みがない病気と知り、あたしは早く死ぬことを望んでいた。
ただそこに横たわる物体。話すこともできず、意思の疎通もままならない。
そんなものに生きる価値がないと、家族に迷惑を掛けたくない、早く楽にしてあげたいと、そう思って過ごしていた。できることだったら、自殺を選んでいたと思う。
でも、周りはそうさせてくれなかった。
家族は死にたがっているあたしに一日でも長く生きて欲しいと願い、毎日あたしに話しかけていた。
家族にはとても辛い思いをさせてしまっていただろう。
ある日、段々と視界がぼやけ、意識が薄まっていくのを感じていた。
あれが多分あたしの最期だったのだと思う。
家族が泣きながらあたしに話しかけていた。でも、もう声すらも聞こえない。
お母さんが泣きじゃくっていたのも、弟が歯を食いしばっていたのも覚えてる。
お父さんがあたしの頭を撫でてくれていた。でも、触られている感じも既になかった。
それから視界が閉ざされ、あたしは光も何もない世界に落ちていった。
かすかに残る意識の中で、後悔と未練が残った。
最後に言いたかった――「今までありがとう」って。
どのくらい時間がたったのか分からないが、あたしの意識は闇の中にいた。
あの時の後悔と未練が意識を残していたのだと思う。
これが死後の世界なのか。どうなるのか分からないまま、ただそこにいた。
ある時、遠くに小さな光を感じた。いつからあったのか、今まで気づかなかったのか。
なんだかその光に心が引かれる。あそこにいけば輪廻の輪に入れるような気がした。
あたしは光に向かってみようと考えた。
途端に、闇が光に侵食されるように消えあたしは光に包まれた。
光に包まれてよく分からなくなったが、次に目に映ったものは生い茂る樹木だった。
ここがどこなのか分からない。何故こんな樹木ばかりの所にいるか分からない。
何がどうなっているのか。全く分からなかった。
そして、誰かが泣いている。
驚いた。目だけでなく耳も聞こえる。
でも、体を動かそうとしても全く反応しない。
まるで病院のベッドの上にいたときと全く同じ感覚だった。
音は近い。かなり音の発生源は近い。
そして、そのうちあたしは自分自身が音の発生源だと気が付いた。
何がどうなっているのか。あたしなのにあたしが泣いている。
自分の意思とは無関係に泣いている。
周りを見ることはできる。音も聞くことはできる。
だが、体を動かすことが一切できない。
泣いている感じからすると、どうやらこの体は赤ん坊のようだ。
どうしたものやらと考えるが、何もできないのだからどうしようもない。
困っていると視界に男が現れた。
腰には剣を吊り下げ、あたしを拾い上げ安堵の表情を示す。
色白で細面な整った顔つきかなりのイケメンさん。
むき出しの二の腕は引き締まっていて、細マッチョな感じ。
なにより気になったのは、人間よりも耳が長くて尖っている。
あたしはこれを知っている。
この男はエルフだ。間違いないだろう。
これがあたしとアビエルさんの一方的な出会いだった。
この時、アビエルさんはあたしの存在に気付いてなかった。
気付かれたのはこの時から三年後のことだった。
どうやらあたしはファンタジーな世界に転生したらしい。
マンガや小説でそこそこの知識は持ってる。
これでも中学時代に封印したい黒歴史を抱えていた身だ。
それからあたしはエルフの村に連れて行かれた。
アビエルさんに抱っこされ、木々への空中移動はむっちゃ早くて怖かった。
どうやら言葉は理解できるらしい。
この時にアビエルさんの名前を知った。
そして、あたしは人間の赤ん坊らしい。
アビエルさんは村人たちからものすごく尊敬されているようで、アビエルさんがあたしを養い育てると言うと、エルフの村全体がサポートに付くぐらい大事に育てられることになった。
あたしは、エルフ村の長老さんから「コロナ」と名付けられた。
どうやらこの世界でも太陽に関わる意味を持つらしい。
アビエルさんがお姉さん方に指導を受けながら、育児する姿は新鮮で面白かった。
おむつを替えるのにやたらと手間取ったり、夜泣きにわたわたしたり、沐浴させるのに失敗してお姉さん方からダメだしされたり、離乳食を作るのに何度も材料を無駄にしたりと慣れない育児に奮闘していて、『こいつはワシが育てた~独身エルフのダメダメ育メン日記~』なんてタイトルができそうだった。
過保護なアビエルさんはともかく、エルフ村のみんなからも愛情を受けて、大事にされながらコロナはすくすくと成長していった。
コロナは赤ん坊のころから好奇心旺盛でやんちゃだった。
ぐつぐつ煮てる鉄鍋を手で掴もうとしたり、毒カエルを捕まえて口に入れようとしたり、高いところによじ登ろうとしたり、怖いもの知らずな上に危険に突撃する目が離せない子で、見ているこっちが冷や冷やしていた。エルフ村の人たちも誰かしら傍に見張りがつくほどだった。
あたしもコロナがやんちゃなことをするたびに、心からSOSを発したものだ。
困ったことにあの子が痛みを感じるとあたしにも痛みが伝わる。
見たもの、触れたもの、食べたもの、それと感情が伝わる。
コロナが熱いと感じたら、あたしまで熱く感じてしまう。
コロナが悲しいと思ったら、あたしも悲しくなってくる。
寝てる時ぐらいしか表に出れないのに、変なところで感情や感覚が共有されている。
いや。共有ではなく一方通行に送られてくるのが正解だろう。あたしが表にいるときはコロナに伝わっていないみたいだから。
多分、コロナの影響をあたしは受けている。
コロナが苦手なものはあたしも苦手だし、コロナが好きなものをあたしも好きになっていった。
当然、例外は存在する。
あたしには生前の記憶もあり、その時にできた好き嫌いはそのままだ。
生前のあたしは幼い頃から虫とか蛙とかが苦手だった。
だけどコロナは平気な顔して素手で掴むのでマジで止めて欲しかった。
何度、コロナの中で悲鳴を上げたことか。
悲しいことにどれだけ中で訴えてもコロナに伝わらない。
でも、コロナのおかげで多少の耐性はついたと思う。
この頃のあたしは一度も表に出たことがない。
そして、あたしの存在がアビエルさんにばれる日が訪れた。
コロナが3歳のころ、大人の目を盗んで木によじ登ろうとして、足が滑り落ちて気絶した。
幸い落ちた場所が生い茂っていたため、酷い怪我はしなかったが、落ちたときにしこたま頭に衝撃を受けた。
落ちている途中でコロナが気絶し入れ替わるようにあたしが表に出たので、おそらくコロナには痛みが伝わっていないはず。思わず「ぐおおおお」とか言いながら頭を抱えて転げまわったわよ。
初めて表に出たのに、何でこういうタイミングと思いながらも、痛みに耐えながら転がっていた。
コロナの異変を感じ取った親馬鹿アビエルさんが凄まじい速度であたしの前に姿を見せた。
「コロナ! 大丈夫……か?」
そりゃあ、びっくりするでしょ。
3歳くらいの子供が「ぐおおおお」とか言いながら頭抱えて転がり回ってるんだから。
でもね、あたしもびっくりした。
アビエルさんが即座にあたしのことを見抜いたから。
「君は誰だ? コロナじゃないな」
この時のあたしはアビエルさんに自分のことがばれたらまずいと思っていて、つい。
「コロナでしゅ!」
うん、あの時の冷ややかなアビエルさんの目は忘れられない。
あれがジト目という奴なのだろう。生ジト目ありがとうございます。
アビエルさんとお話しして自分が分かる範囲で事情を説明した。
とりあえず自分は別世界で死に、生まれ変わってコロナの中にいたこと。
コロナの意識があるうちは自分勝手に身体を動かせないこと、主権はあくまでコロナにあること。
今まで中にいたけれど、初めて表に出てきたこと、拾われてから育ててもらった記憶を持っていること、アビエルさんたちに愛されて育ったことも伝えた。
自分が持っている情報は隠さず伝えることにした。
「信じられない話かもしれないが、俺の友に似たような奴がいる。よく分からないが、そいつも異世界転生とか言っていた」
多分、この時言っていたのがウォルフさんのことだろう。
それからコロナが眠ったあと、表に出ることができるようになったあたしはアビエルさんとお話しすることが増えた。やってみたら意外とできたのは驚いたけれど。
コロナと違って生前が17歳までの記憶持ち。それなりに話はできる。
姿は子供、頭脳は高校生とどこかの名探偵と同じだけれど、はっきり言ってあたしは賢くない。
アビエルさんの話をあたしのラノベ知識でなんとか理解できただけだ。
最初に聞いたのは、アビエルさんがこの村にいる理由。
エルフの村から山一つ向こうの大地に迷宮がいくつかあるらしい。
迷宮攻略がてら剣の修業をするため、最も近いこのエルフ村を拠点としているのだそうだ。
アビエルさんは確かによく出かけていたが、そんなことをしているとは思わなかった。てっきり食料調達で狩りにでも出かけていると思っていたが、迷宮狩りだったとは。なんせ毎日無傷で帰ってきては、コロナにデレデレなのだから、そう思えなかった。
アビエルさんが言うには、迷宮はそれそのものが一つの魔物だという。魔引石と呼ばれる石を体内に融合し核となし、成長する迷宮になる。そして、厄介なのが迷宮の特性でもある魔素の発生と魔引石の成長・複製がセットで最悪のスパイラルを持つこと。
迷宮は時間とともに魔引石を成長させ、オリジナルの劣化版の魔引石を複製し、新たな階層を増やしオリジナルは深化させていく。そして、新たな階層は更なる魔素を発生させ、更に迷宮の核が強化されていく。
迷宮の核が成長すればするほど迷宮は深く、濃密な魔素が強大な魔物を生成し、凶悪な難攻迷宮となっていく。
魔物発生率が高まりすぎると最終的に迷宮から魔物が溢れ出て周りに被害が与える。ある程度、間引きすることで成長を抑えることが可能なようでアビエルさんの日課だそうだ。
アビエルさんは小規模や中規模な迷宮は軒並み潰すことに成功し、今は大迷宮を攻略中。その大迷宮でも相当な数の劣化版魔引石を破壊することに成功し、大迷宮の成長速度を抑えることができたらしく、ここからはのんびりと深層を潰すつもりらしい。それでも二、三十年は考えているようだ。
「そうだ。お前、剣を覚えるつもりはないか?」
アビエルさんが急にそういうことを言い出した。
「コロナはまだ幼すぎて言葉の意味がよく分からないと思う。君なら俺の言葉を理解できると思うし、なにより、あいつと同じ世界からの転生なら、生まれつき特殊な能力を持っている可能性が高い。俺は魔法が苦手だから魔法は基本的なことしか教えてやれないが、剣ならこの世界で一番か二番だという自覚はあるぞ? どうだ、やってみないか?」
ファンタジーな世界に来ているのだ、そんなのやるに決まっている。
アビエルさんの人柄もよく分かっている、きっと強くしてくれるだろう。
ちょっと怖い気持ちもあるけれど、せっかく動ける体に生まれ変わったのだ。
体を思いっきり動かしたい。
「やりたいです。でも……あたしの自由にできる時間ってほとんどないですよ?」
やはり問題になるのが、コロナのこと。
コロナが起きている間は気絶でもしない限り、あたしの自由にできない。
寝ているときは自由でも起きてしまったらあたしは奥に引っ込まされてしまう。
どれだけ望んでもこの制限を取り除くことが無理なのだ。
「じゃあ、夜だけにするか。コロナは良く寝るからな。修行が終わったら疲労回復と体力回復の魔法をかけることにしよう。そうすればコロナの不調はなくなるはずだ」
「はあ、本当にそれでコロナが大丈夫かどうかわからないですけど、それで問題がないのならやってみたいです」
あたしはすぐに後悔することになる。
アビエルさんの修行は常識を逸していたのだから。
最初の修行の日。
アビエルさんは何を思ったのか、あたしをおんぶ紐で背中に括りつけ、魔物の群れに突っ込んで戦闘を始めた。
何、このしとしとぴっちゃんな感じ、あたし大五郎なの?
アビエルさんのこと「ちゃん」って呼べばいいの?
あれって乳母車じゃなかったっけ、おんぶ紐じゃなかった気がするんだけど。
目の前で繰り広げられる惨劇、魔物の阿鼻叫喚、体の一部、血や贓物がそこらへんに飛び交う。
重力はどこにあるのってくらい激しい動き、スプラッタなビジュアルに身体も精神も耐えきれず、アビエルさんの背中で思いっきり吐きました。
途中でレベルアップがどうのこうのという変な声が聞こえたけれど、そんなの気にしてられない状態だった。アビエルさんはそんなあたしを気にもせず、ひたすら魔物相手に蹂躙を繰り返した。
あたしは気付いた。
多分、これが戦闘狂ってやつだと。
アビエルさんはニコニコ笑いながら魔物たちを蹂躙していた。
怖いよー、降ろしてよー、気持ち悪いよーと、あたしはひたすら早く終わるのを祈っていた。
終わったときには、もう何が何やら分からない感じで、ものすごいトラウマになりそうだった。
そんなあたしにアビエルさんは一言。
「どうだ。少しは血とか贓物に慣れたか?」
「慣れるわけ――おろろろ」
また吐きました。
☆
いきなり大五郎モードはハード過ぎたので、もうちょっとソフトな面から教えて欲しいとアビエルさんに懇願しました。
「いやいや、あれぐらいしないとレベル上がらないから」
「レベル?」
「この世界はレベルがあって、一緒に戦うだけで経験値は貰えるんだ」
「どうやってレベルが上がったことが分かるんですか?」
「ん? 俺が戦っているときに神託は受けなかったのか?」
「神託?」
「えーと、レベルがアップしましたって声が頭に響かなかったか?」
あー、なんか戦ってる最中に聞いたような気がする。
吐き気と悲鳴と動揺でそれどころじゃなかったから。
思い出すだけで軽く吐けそうだ。
「俺は魔法が苦手だから鑑定は使えないんだが、このアイテムを使えば自分のレベルが分かるぞ。俺にはもう無用のものだし、お前に貸しておこう」
カードを一枚渡された。
手にしてみると、カードが淡い光を放つ。
「お、書き込めたようだぞ。見てみなさい」
名前:牧葉那奈『コロナ』
種族:人族
性別:女
年齢:3
レベル:5(4up)
職業:勇者(New)『』
え、なにこれ?
あたし勇者なの?
魔物倒してないよ、ゲロまみれの大五郎だったよ?
「お、ちゃんと経験値は分配されたみたいだな。こんな赤ん坊でもパーティーが組めるとは、まだまだ俺も知らないことが多いなあ。試してみて正解だった」
おい、おっさん。イケメンだからって調子に乗るなよ。
もしこれでレベルが上がらなかったら、トラウマ植え付けられた上にゲロまみれになったあたしが大損こいてるところじゃない。確信もないのに止めてよ。
「よし、それではもう一丁行って、レベルを上げるか。頑張れば10くらいなら行けるだろ」
ごめんなさい。おっさんなんて言ってごめんなさい。
勘弁してもらっていいですか。
子供を揺さぶるのはよくないと思うの。
「よっこらしょ」
「ニコニコしながらおんぶするの止めてええええええええ!」
――半年後。
「――よし、今日も行くか」
「ちゃん」
そこには開き直って大五郎化したあたしがいた。
お読みいただきありがとうございました。